“女性もの歴史小説”も多く手がけた作家の、大伴坂上郎女もの。
同じく女性を主人公とした歴史小説では、藤原薬子を描いた
『薬子の京』で2000年、紫式部文学賞を受賞しています。
前回、坂上郎女の登場する漫画『初月の歌』を紹介したのでこちらを。
坂上郎女(さかのうえのいらつめ)といえば、奔放な恋に生きた情熱の歌人のイメージ。
しかしこの小説に流れるムードは、思いのほか寂しげな印象。
実際の彼女は、華やかなイメージとは裏腹に、斜陽の名族・大伴氏の
“家刀自”として、氏族のために尽くした一生であったのかもしれません。
『日本女流文学史』(同文書院、1969年)所収の久米常民論文「大伴坂上郎女」では、
「「家」のために、恋愛も結婚も犠牲にした女の生涯(中略)旧名族であったが故に、
時代・社会・政治の新しい動きにはさまれて自由を奪われたいたましい人間」[40頁]
とまで表現されています。
大伴氏の廟堂での勢力が、天皇家を囲い込んだ藤原氏に押されてゆく時代。
さらに橘奈良麻呂の乱では、一族から首謀者の一人として処罰される者も出ます。
そんな時代に、異母兄・旅人から託された大伴一族の結束をはかろうと、
坂上郎女は奮闘しをつづけます。
長女の坂上大嬢(おおいらつめ)を旅人の息子で大伴嫡流の家持に、
次女の二嬢(ふたいらつめ)を一族の駿河麻呂に嫁がせます。
また弟・稲公には亡夫・宿奈麻呂の娘である田村大嬢を娶らせます。
坂上郎女自身も、望まれて穂積皇子と結ばれ、藤原麻呂との恋愛などもありましたが、
最後は異母兄の宿奈麻呂と一族結婚をしています(大嬢・二嬢はその子)。
[藤原麻呂との恋愛は宿奈麻呂との結婚後との説も ※上述の久米氏論文]
小説の中に、印象的なシーンがありました。
坂上郎女は、家持が詠んだ天皇へのそつのない献上歌を目にし、
かつて自分が天皇へ献上した歌を思いうかべます。
――ずいぶんの遊び心で歌を差しあげたものだ。
坂上郎女は溜息をついた。天皇家との信頼関係があったればこその献上歌であった。
郎女は自分の歌と家持の歌とを比較した。天皇家と現在の大伴の家の隔たりは大きい……。
[186頁]
歌から感じ取れる、大伴の没落……。
確かに、『万葉集』に収められた彼女の歌は。
にほ鳥の 潜(かず)く池水 情(こころ)あらば
君にわが恋ふる 情示さね (四・七二五)
外(よそ)にゐて 恋ひつつあらずは
君が家の 池に住むとふ 鴨にあらましを (四・七二六)
あしひきの 山にしをれば 風流(みやび)なみ
わがする業を とがめたまふな (四・七二一)
いずれも、時の聖武天皇に贈った歌です。天皇への献上歌にしては、
「恋ふる」「恋ひつつ」「とがめたまふな」なんて、軽妙な雰囲気です。
[※中西進『万葉集 全訳注原文付』講談社、参照]
そして、なかばお約束の、甥から寄せられるほのかな憧れ。恋心?
やはり美しき叔母・坂上郎女は、歌人家持にとっての永遠のマドンナ――
という夢は、だれしもが抱くようです。ロマンですね
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