百人一首50番
   君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな
 の作者・藤原義孝(よしたか / のりたか)

 誰か愛する人のため、少しでも長く生きたい、と願った彼は、
 21歳の若さで亡くなっています。

  ※君がため…の歌についての解説 くじょう みやび日録

 太政大臣の子息という恵まれた境遇にありながら、信心深かったという義孝。
 その死は人々の心に強く訴えたようで、多くの説話が残りました。
 それらの関係は不明なものの、明らかに同話のバリエーションですので、
 まずはストーリー性のある代表的なものをご紹介します。


 ■『大鏡』太政大臣伊尹 謙徳公■

 (太政大臣藤原伊尹公の)男子には、代明親王の娘がお生みになった
 前少将・後少将のはなやかな兄弟がいましたが、
 兄は朝、弟は夕べに相次いでお亡くなりになってしまいました。


 後少将は名を義孝といい、お姿はたいそう美しく、
 また永年非常に熱心に仏道を信仰していらっしゃいました。
 病が重くなってくるにつれ、とても生き延びられそうにないと感じられたので、
 母君に「私が息を引き取っても、死者の支度をしてくださいますな。
 もうすこし法華経を読経したいと本心からの願いがありますから、
 必ずもどってまいります」とおっしゃり、方便経を唱えてから亡くなりました。


 ところが、母君がわけもわからず嘆き悲しんでいらっしゃるあいだに、
 周りのはからいがあったのであろうか、死者の支度がなされてしまったのでした。


 のちに、母君の夢に現れた後少将は、
  「しかばかり契りしものを渡り川かへるほどには忘るべしやは…A
  (あれほどお約束いたしましたのに、私が三途の川から引き返してくる
  その少しのあいだに、お忘れになるなんて……)
 という歌をお詠みになりました。

 
 後日のこと、賀縁阿闍梨という僧の夢に、兄弟が出てきました。
 うち沈む兄に対し、弟の義孝は楽しそうです。
 阿闍梨が、「なぜそんなに楽しそうにしていらっしゃるのですか。
 お母上はあなたをこそ、兄君よりも深く恋しく思っていらっしゃるというのに」
 とたずねると、義孝は不思議そうな顔をして答えた。
  「時雨とははちすの花ぞ散りまがふなにふるさとに袖濡らすらむ…B
  (現世では時雨のころでしょうか。こちらでは蓮の花が舞い散り美しいのですよ。
  なにを故郷の母上は嘆き悲しみお泣きになっているのでしょう)


 
 さらに、生前親交のあった(小野宮流)藤原実資も、義孝を夢に見たといいます。
 美しく咲いた花の陰にいらっしゃるので、不思議に思い声をかけると、
  「昔は契る蓬莱の宮の裏の月、今は遊ぶ極楽の界の中の風…C
  (生前私は蓬莱宮のような宮中にいてあなたと月を楽しみました、
  今は極楽浄土の風に吹かれて楽しく遊んでいます)
 と詩を詠んだということでした。

義孝詩
 七言の漢詩の一聯。見事な対句になっている。以下この詩はみな同じなので繰り返して掲載しない。



 ■そのほかの類話■

 ▶『日本往生極楽記』34
 往生の際に奇跡あり(病床に異香)。
 藤原高遠の夢に現れ、Aの歌→Cの詩を詠む。
  「しかばかりちぎりしものをわたりがはかへるほどにはかへすべしやは」(A

 ○ここでは由来が語られないままAの歌が入る。
  夢の中で詩を詠む相手は実資の実兄・高遠。実資なのは『大鏡』のみ。

 ▶『後拾遺和歌集』巻10
 賀縁の夢に現れ、Bの歌を詠む。
  「時雨とは千種の花ぞ散りまがふなに故郷の袖ぬらすらん」(B

 ▶『大日本国法華経験記』下 第103
 往生の際の奇跡あり(病床に異香)。
 藤原高遠の夢に現れ、Cの詩を詠む。

 ▶『江談抄』第4 101
 賀縁の夢に現れてBの歌→Cの詩を詠む。
  「時雨とはちぢの木の葉ぞ散りまがふなにふるさとの袂濡るらん」(B

 ▶『今昔物語集』巻15 42
 往生談の前に、義孝が信心深く魚鳥食をしなかったことや礼拝の様子、
 また往生の際の奇跡(芳香が病床に満ちる)が描かれる。
 三日後に母の夢に出て、閻魔王の赦しを得てもどったのに、
 死者の支度をされてしまったので戻れないと言う。
 藤原高遠の夢の中でCの詩を詠む。

 ○母の夢に出るが歌はなし。詩のみを高遠に向けて詠う。
  
 ▶『今昔物語集』巻24 39
 賀縁の夢に現れてBの歌を詠む。
  「シグレニハチグサノ花ゾチリマガフナニフルサトノ袖ヌラスラム」(B
 翌年の秋、妹の夢に出て歌を詠む。
  「キテナレシコロモノソデモカハカヌニワカレシアキニナリニケルカナ…D
  (あなたの着慣れた喪服の袖の涙もまだ乾ききらぬうちに、
  早くも一年が経って、また秋がめぐってきましたねえ)
 妹は夢から覚めて、ひどく泣き悲しんだ。
 義孝の亡くなるときに話は戻り、①のことを妹に告げたが忘れられてしまう。
 その夜母の夢に現れてAの歌を詠む。
  「シカバカリチギリシモノヲワタリ川カヘルホドニハワスルベシヤハ」(A

 ○歌のみで詩はない。話の順が逆。遺言を忘れたのは妹。
  この「妹」とは、冷泉天皇の女御・藤原懐子をさし、史実では姉。
  さらに史実では、弟の死後一年満たずに歿している。
  新たな
歌Dが登場。
 
 ▶『袋草紙』上巻
 Aの歌を妹の夢に現れて詠む。
  「しかばかりちぎりしものを渡り川かへるほどにはわするべしやは」(A
 Bの歌・Cの詩を賀縁の夢にて詠む。
  「しぐれとはちぐさの花をちりまがふ何ふるさとに袖ぬらすらん」(B
 再び妹の夢に現れ、Dの歌を詠む。
  「きてなれし衣の袖もかわかぬにわかれしあきになりにけるかな」(D

 ○簡潔な話ながら、ABCDすべて詠む。
  遺言を忘れた妹(姉・懐子)と、賀縁のみが登場。

 ▶『宝物集』巻3
 賀縁の夢に現れてBの歌→Cの詩を詠む。
  「時雨とぞ千種の花はふりまがふなにふるさとに袖ぬらすらん」(B



 冒頭の『大鏡』以外は推定成立順に並べてみました。
 『大鏡』は『後拾遺集』の後であろうと思います。
 ほか、未見ですが、『義孝集』や『清慎公(実頼)集』に同様の話があるそうです。

 今回は重箱の隅をつつくような内容になってしまいましたが、
 こうした説話の多さから、義孝という悲劇の貴公子が人々に愛された様子がうかがえます。


 [参考文献]
  『新編日本古典文学全集34 大鏡』小学館、1996年
  『日本思想大系7 往生伝・法華験記』岩波書店、1974年
  『新日本古典文学大系8 後拾遺和歌集』岩波書店、1994年
  『新日本古典文学大系32 江談抄・中外抄・富家語』岩波書店、1997年
  『日本古典文学全集23 今昔物語集 二、三』小学館、昭和47年・49年
  『新日本古典文学大系29 袋草紙』岩波書店、1995年
  『新日本古典文学大系40 宝物集・閑居友・比良山古人霊記』岩波書店、1993年



゚・:,。゚・:,。★ ↓↓↓ 古代史推進のために! クリックしていただけるととても嬉しいです゚・:,。゚・:,。☆
にほんブログ村 歴史ブログへ
にほんブログ村

日本史 ブログランキングへ