ほぼ毎日ちょっとずつ更新【日微通信】
 
 壱◆News・雑感編◆


  2015/03/10
 蔵 人 所 設置

 大同5年(810)3月10日、初めて蔵人所が設置されました。
 (新暦に直すと4月17日のことです。)

 律令の規定にはない、「令外官司」です。
 そのトップを「蔵人頭」といい、巨勢野足(こせののたり)
 藤原冬嗣(ふゆつぐ)が任じられました。

 このときの天皇は、嵯峨天皇。
 「二所朝廷」といわれたように、退位した兄・平城太上天皇との
 対立が表面化していたころでした。

 本来天皇に侍して伝宣奏請を行う職にある尚侍・藤原薬子は、
 愛人の平城太上天皇とともに奈良にいて不在。
 蔵人所がその役をうばい、機密漏洩を防ぐことが目的でした。

 作家の永井路子さんは、冬嗣を描いた『王朝序曲』のなかで、
 臨時の処置であったこの役が結果的に常置となり、
 律令の枠にとらわれず変幻自在に機密に関与することで、
 新しい王朝政治のスタートともなっていったと述べています。

 ちなみにこののち、追い詰められた薬子や平城太上天皇が
 起こした「薬子の変」は約半年後の9月のことでした。




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