◆史跡案内◆京都

 今日は、古代史の史跡ではない(!)けれど、藤原氏に関する意外な史跡を。

 京都府宇治市にある、黄檗宗大本山萬福寺の「中和井」(ちゅうか/ちゅうわせい)

 萬福寺中和井1

 近衛家の邸で使用されていた井戸です。

 近衛家とは、藤原摂関家の忠通を始祖に持つ「五摂家」のうちの筆頭です。
 (ここがちょっと平安時代のおはなしです)

 五摂家系図

 忠通は道長から数えて五代目、保元の乱で落命する頼長の、異母兄にあたります。
 彼の息子の代になり、藤原という氏から「家」が分立しはじめることになります。
 近衛家は、忠通の嫡男・基実の流れを汲むため、「筆頭」といわれるのです。
 (ちなみに、本来は「近衞」と「衞」は正字で表記)

 
 ではこの井戸が近衛家のいつごろのおはなしかというと、江戸時代初期。
 近衛家の当主・前久(さきひさ)の娘に前子(さきこ)という人がおり、
 後陽成天皇の女御となりました(中和門院)。
 紫衣事件や徳川秀忠の娘を中宮としたことで有名な、後水尾天皇を生んでいます

 この後水尾天皇が萬福寺に深く帰依しており、寺創建の際に母の実家である
 近衛家の屋敷の一部を移築し利用したのだそうです。

 萬福寺中和井2

 井戸の様子、少し離れたところから。


 「中和園」という中庭にあります。
 説明の石碑もありますが、摩耗して字はほとんど読み取れませんでした。


 萬福寺は隠元禅師が開いた、とても巨大なお寺です。

 寺境内図(パンフレットより)
 BlogPaint
 赤い矢印を入れたあたりが中和井のある中和園。


 お寺では普茶料理(精進料理)をいただくことができます。
 (もちろんいただきました・要予約)

 お寺の様子は雄大です。
 とりあえず、一枚。
 萬福寺景色


 江戸時代創建の禅寺で意外な藤原氏の史跡に遭遇
 嬉しうございました







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