今回、前編からつづきます。

 印象の薄い「源氏物語」の承香殿女御ですが、きちんと存在しています。
 なかでも朱雀帝の承香殿女御は、鬚黒の姉妹で、今上帝を生んでいます。
 ところが息子が東宮のうちに亡くなり、即位を見ることはできませんでした。
 そもそも朱雀帝は朧月夜尚侍をあつく寵愛していましたから、
 東宮の生みの母とはいえ、存在感は薄かったのです。


 では、史実上の承香殿には、どんな女性がいたでしょうか。


 ■徽子女王(斎宮女御)

 もっとも有名なのが、村上天皇女御の徽子女王でしょう。
 三十六歌仙のひとり“斎宮女御”として後世に名を残しました。
 伊勢斎宮をつとめた経歴をもち、醍醐天皇皇子重明親王の娘でしたから
 後宮で特殊な地位を占め、重んぜられたと思われます。

 しかし絶対的中宮・藤原安子が、東宮時代から不動の第一のきさきでしたし、
 徽子自身も男子を得ることができず(規子内親王のみ。男子は夭折)、
 父親王を失ってからは後ろ盾もなく、さらに里居がちであったといいます。

 また、のちに、規子内親王が母と同じく斎宮に選ばれると、
 それに従って都を出て伊勢まで下向してしまいました。

  ※徽子女王については、別記事で詳細を載せました
   “斎宮女御”徽子女王


 ■藤原元子

 同じくらい有名なのは、一条天皇女御の藤原元子でしょう。
 藤原師輔の子・兼通と兼家(道長らの父)兄弟骨肉の争いは有名ですが、
 この兄・兼通の息子が顕光で、元子はその長女です。

 「枕草子」に名高い中宮定子が権勢を失ってから入内しましたが、
 早期破水と思われる異常出産で、生き恥をかかされてしまいます。
 このあたりは『栄花物語』巻第五で饒舌に語られています。
 (大きく膨らんだお腹からは水だけしか出てこなかったらしい描写がされている)

 父は要職にありましたが(入内時右大臣)、このような「恥づかしきこと」もあり、
 のちに入内した道長の娘彰子の権勢にも押され、不運な後宮入りでした。

 ただ、一条天皇が亡くなってからは、父の反対を押し切り源頼定(村上天皇孫)
 と結ばれて、ようやく幸せになれたのかもしれません。
 

 ■ ■ ■

 記録上、ほかにも幾人か承香殿を賜った女人はいましたが、
 清涼殿から近く格式の高い局であったことから
 比較的身分や親の位が高いことが多く、彼女自身も高位の后妃であったにも関わらず、
 結果的にいずれも女御どまりで、中宮や国母になった者はみられません。

 「承香殿」には、なんとなく寵愛もしくは権勢の面でほかの后妃に一歩譲る、
 不遇のきさきのイメージがあるのです。

 ■ ■ ■


 ■藤原道子

 最後に、このひとを挙げたいと思います。白河天皇女御の藤原道子。
 藤原能長(道長の孫)の娘で、東宮・貞仁親王時代からのきさきです。

 貞仁よりも11歳も年上であり、最初のきさきではありましたが、
 後から入内した藤原賢子が寵愛を一身に集め、中宮となりました。

 結局道子が生んだのは娘ひとりだけで、その娘(善子内親王)が斎宮に選ばれた
 際に、それに従って伊勢へ下ります。
 道子自身はもちろん皇族ではありませんから斎宮ではありませんでしたが、
 面白いことに徽子女王とそっくり同じ道をたどっています。
 (もちろん、あとの時代のことですから、道子の頭の中には
 徽子女王や源氏物語の六条のことはあったでしょうね)


 道子について特筆すべき点は、国宝「西本願寺三十六人家集」との関連です。
 古筆の書もさることながら、染め、雲母刷り、継ぎ紙、箔、砂子、墨流し……
 極められた料紙の美しさで知られる平安末期の装飾写本です。
 天永3年(1112)3月18日の白河法皇六十賀に献上されたという説が有力なのですが、
 存在するとされる二十人の書き手のうちの一人が、この道子とされているのです。

  ※西本願寺三十六人家集については、妹ブログに別記事を載せています
   西本願寺三十六人家集と道子  (くじょう みやび日録)

 道子筆
 ▲藤原道子筆「躬恒集」部分


 実際に道子の筆になるものなのか?
 中宮にも国母にもなれず、寵愛もあつくはなかったけれど、
 芸術的才能で白河を支えたひとりだったのでしょうか。

 善子内親王は11歳から31歳まで(1107年)の長きにわたり斎王をつとめましたが、
 そのうちの長い伊勢での時間を、母娘ともに書に励んだり、
 もしかしたら美しい料紙をつくり出したりしていたのかもしれません。 


 村上朝で歌会を催しサロンを形成した徽子女王の文化的な香りを、
 やはり彷彿とさせます。
 そして、「三十六人集」には、徽子女王の家集も存在するのですよね。
 残念ながら筆者は特定されておらず、道子ではないようですが……



 [参考文献]
 栗本賀世子『平安朝物語の後宮空間―宇津保物語から源氏物語へ―』武蔵野書院、2014年
 室伏信助監修『人物で読む源氏物語 13 玉鬘』勉誠出版、2006年
 山中智恵子『斎宮女御徽子女王 歌と生涯』大和書房、1976年
 角田文衞『承香殿の女御 復原された源氏物語の世界』中央公論社、1963年
 『新編日本古典文学全集 31 栄花物語①』小学館、1995年
 近藤富枝『愉しい王朝継ぎ紙』海竜社、1987年
 


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