◆史跡案内◆京都

 去年の初夏、京都・山科の天智天皇陵を訪問した記録です。

 天智1

 夜行バスで京都へ行ったので、早朝の時間を利用してお参りしました。
 陵墓は早朝の訪問がいいですね。ことにここは清々しかったです。

 地下鉄東西線「御陵」駅(みささぎえき)にて下車。
 京都駅から15分前後で着きますから、ほんとに現在の京都中心市街から近いです。
 2番出口から駅前の道を東方向へ、10分程度進みます。

 左側の道が急に開けたと思ったら、上の写真にある標示が。

 天智2

 さあ、いざ、天智天皇……いや中大兄皇子さまの許へ!!
 っていうか、奥が見えないのが怖いです。どんだけ歩くんだ?

 天智天皇、中大兄皇子。626-671、在位668-671。
 舒明天皇第2皇子、母は皇極・斉明天皇。同母弟に大海人皇子(天武天皇)。
 “大化の改新”を推進したといわれる、古代史の有名人です。

 天智7

 ようやく道が果てた……と思いきや、第二の入口が!

 天智6

 鬱蒼とした森の先に、見えてきた!
 ここまで思ったほど遠くはありませんでしたが、十分奥まった場所にあり、
 静かで、さっきまで普通の車道にいたとは思えないほど。

 天智3

 陵の正面に「沓石」があるというのですが、これ(左)なのか?
 史書『水鏡』などに、天智天皇の最期は失踪し、石の上に沓だけが残されていた、
 という伝説が載っています。現地にはとくに説明なし。

 天智4

 天智5

 正面の様子。

 こんなに立派な参道の天皇陵は初めて訪れたと思います。

 早朝から、厳粛な気持ちになります。


 御陵駅から歩いてきたときは碑が背面だったので見づらかったのですが、
 参道を入口へ戻ってもう一度見ると、日時計がありました。

 天智8

 天智天皇は、初めて水時計を宮中に設置した天皇とされています。
 「置漏尅於新臺。始打候時動鍾鼓。始用漏尅。
 此漏尅者天皇爲皇太子時始親所製造也。」
 (漏刻(水時計)を置き、初めて鐘・鼓を打って時を知らせた。
 この漏刻は、天皇が皇太子であったころにみずからお造りになったものである。
 『日本書紀』天智天皇10年(671)4月25日条)




 もう少し山科駅方面へ向かって東へ進みますと、山階寺跡があります。=次回(後編)=

 
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