◆藤原氏系図・1◆鎌足編 第一回

 藤原氏系図をランダムに作成しています。
 系図に登場する人物や系図の背景なども、ご紹介していきます。
  ☆このシリーズの系図について☆ 頁の一番下をご覧ください

 鎌足系図 改

 
 
 第一回 中臣鎌足/藤原鎌足

 簡単人物&背景紹介、記念すべき第一回は、やはりこの方を措いて
 余人には代えがたい、藤原氏の始祖・鎌足さん。

 なかとみの/ふじわらのかまたり。614~669.10.16

 大化の改新の功臣。臨終に際し大織冠(たいしょくかん)と藤原姓を賜る。
 父は小徳冠の中臣御食子(みけこ)、母は大伴夫人こと智仙娘。はじめ鎌子。
 舒明朝の初め神祇伯就任を辞退して摂津三島へ隠棲。
 皇極朝になると天皇の弟・軽皇子(孝徳天皇)ついで中大兄皇子(天智天皇)に
 接近し、蘇我氏打倒の謀議をめぐらし、乙巳の変で蘇我本宗家を滅ぼす。
 孝徳天皇が即位し、改心政治が始まると(大化の改新)、内臣(うちつおみ)となり
 皇太子中大兄皇子を補佐した。

  *

 祭祀をつかさどる中臣氏に生まれ、母は軍事を職とする名門・大伴氏。
 父の御食子は冠位「小徳」とされ、12階のうち上から二番目です。
 鎌足は重臣の子といえましょう。

 生まれは香久山の西方にあたる藤原の地、または飛鳥の飛鳥坐神社や
 万葉文化館の近く大原の地(現在は「小原」)といわれています。
 藤原の地ですと、地名に由来する「藤原氏」を賜ったことも納得できます。
 また大原には鎌足誕生地の碑や大伴夫人墓碑があり、また鎌足の娘・
 五百重娘が天武天皇と交わした歌で、彼女の里が大原であることがわかります。

 一方、鎌足には常陸の鹿島誕生説もあります。
 道長の栄華を主に記した『大鏡』はこの説を採用しています。
 藤原氏の神社・春日大社の第一殿は鹿島神です。

 なんといっても、藤原氏の初代ですから、謎めいていますね


 ☆第二回は、鎌足の娘たち(女子編)
 ☆第三回は、鎌足の息子たち(男子編)



 ☆ ☆ ☆ 
 ☆このシリーズの系図について☆
 
 参考文献は以下のとおり。
 作成方法など詳細は、「作成につき」の頁をご覧ください。
 ・『日本史諸家系図人名辞典』(小和田哲男監修、講談社、2003年) ・『国史大辞典』(吉川弘文館)ほか日本史辞典類
 ・史料『尊卑分脈』『本朝皇胤紹運録』『群書類従 系譜部』『続群書類従 系図部』、六国史 ・適宜、先行研究書籍

 系図内のきょうだい出生順は原則として左を年上としていますが、
 作図の都合や事実不明などによりすべてとは限りません。


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