小倉百人一首にも採られている歌人の大江千里。
  おおえのちさと、であって、おおえせんり、ではありません。「おおえせんり」さん、大好きです♪

 ちなみに百人一首はこちら(23番)☆
   月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど
  訳:月を見ると、あれやこれやともの悲しい気持ちになることだ。
   私一人のためにやってきた秋ではないけれども。

 生没年不詳の平安時代の歌人です。阿保親王(平城天皇第一皇子)の子
 である大江音人を父に生まれています(在原行平・業平兄弟は叔父になる)。
 しかし官位には生涯めぐまれませんでした。

 この歌人の興味深い点は、家集に『句題和歌』(125首)があるのですが、
 大部分が唐の『白氏文集』を題材に詠んだものなのだそうです。
 つまり、漢詩句の表現や思想を和歌に移して表そうとしたというわけ。
 これは画期的で、翻訳和歌という新分野を生んだとされています。



  照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の 朧月夜に 似るものぞなき

 『源氏物語』「花宴」で詠われた、印象的な歌です。
 この歌を口ずさみ登場した女人は光源氏と情を交わし、後世「朧月夜の君」と呼ばれる
 ヒロインの一人となります。
 華やかな美女である彼女は、実は光源氏の政敵・右大臣の娘(六の君)。

 右大臣の大姫(長女)といえば、若かりし光源氏最大の壁ともいえる、
 父桐壺帝の弘徽殿女御! 六の君は、弘徽殿の生んだ朱雀帝(つまり甥なのですが)
 のきさきとなるべく大事にかしずかれていた姫だったのです!
 情熱的に恋は燃え上がり、光源氏は須磨行きを余儀なくされる……

 こんなドラマティックな物語の発端となった歌。
 これこそが、大江千里の翻訳和歌なのです。


 実は末尾の「似るものぞなき」は、元の歌では「しくものぞなき」(しく=如くと書き、
 意味はほぼ同じ)でした。この「如く」がいかにも漢文調で男性っぽいというので、
 つまりは女性らしく直したのでは、といわれています。

 大江千里の家集『句題和歌』、さらに『新古今和歌集』に収録されています。

  皎々(こうこう)と照るのでもなく、といってすっかり曇ってしまうのでもない
  春の夜のおぼろ月に及ぶものはないよ。
   [久保田淳訳注『新古今和歌集 上』(角川ソフィア文庫)2007年、より訳]

 唐の白居易の漢詩集『白氏文集』にある「嘉陵春夜詩」(巻14所収・七言絶句)の
 一節を和歌に訳したもの、と新古今集の詞書にも明記してあります。
 「不明不暗朧々月」(詞書より。原詩では「不明不闇朦朧月」)の和歌訳だそうです。
  [同上『新古今和歌集 上』、参照]



  * * *
 近代明治に入ると、近代詩の発展過程のひとつに「翻訳詩」という分野があります。
 上田敏の『海潮音』などが代表で、西欧の詩を日本語訳した詩集に編んで紹介しました。

  山のあなたの空遠く/「さいはひ)」住むと人のいふ。(…)

 のフレーズが有名な「山のあなた」。
 これはドイツのカール・ブッセを格調高く翻訳した詩で、『海潮音』に収められています。
 

 つまりこれって! 実は、近代に始まったことではなく、
 平安時代の昔からそういう試みがあったんですね……




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