2015/07/01
 井上内親王


 先日の「天平三姉妹」についての補足コーナー☆
 三姉妹の経歴をひとりずつ、簡単にご紹介していきます。

 第二回は、長女・井上内親王。

 天平井上

 717-775.4.27。
 光仁天皇皇后。聖武天皇皇女。いのうえ、いのえ、いかみ。

 母は県犬養宿禰広刀自。不比等の妻・県犬養橘三千代の縁者と思われる。

 養老5年(721)斎内親王に卜定され、神亀4年(727)伊勢神宮へ入る。

 帰京後、天智天皇の孫(施基皇子の子)の白壁王の妃となり、
 宝亀元年(770)、王が井上内親王にとっては異母妹にあたる称徳天皇崩御の
 後を継ぐ形で即位(光仁天皇)するとともに、立后。

 光仁の即位に関して、称徳の希望ではなかったともいわれるが、
 井上内親王の子に他戸(おさべ)親王(つまり聖武天皇の孫である)がいたことから、
 称徳の強い意向であったとみる向きもある。

 ところが宝亀3年3月、夫を呪詛したとして大逆罪により廃后、
 5月には皇太子であった他戸親王もその影響で廃太子。
 翌年には新たな呪詛の罪を着せられて母子ともに幽閉され、
 同6年4月27日、二人は同時に歿した。

 このあと光仁の後継となったのは、異母兄の山部親王(のちの桓武天皇)で、
 母子同時の死は、藤原百川らによる毒殺ではと推測されている。
 

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