壱◆News・雑感編◆

  2015/07/17
 承和の変

 承和9年(842)7月17日、阿保親王から太皇太后橘嘉智子へ密書が届きました。
 皇太子(春宮)恒貞親王の側近である伴健岑(とものこわみね)
 橘逸勢(たちばなのはやなり)が東国に挙兵し国を傾けようとしているというのです。

 ことは藤原良房に伝奏され、両名は捕えられ訊問されました。
 拷問には服さなかったものの、春宮坊を中心とする謀反と判断され、
 恒貞は廃太子となり、健岑は隠岐へ流され、逸勢は伊豆へ配流の途中
 死亡しました。ほかにも連累者は春宮坊中心に60余名にのぼったそうです。


 事件を経た8月、良房の甥である道康親王(文徳天皇)が皇太子となりました。


 ちなみに、京都桂離宮そばの「下桂御霊神社」は橘逸勢を祭神とするそうです。
 機会があったら訪れてみたいですね。

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