◆小倉百人一首 歌・解釈・歌人・書道作品◆第5回
   21~25番(素性・文屋康秀・大江千里・菅原道真・藤原定方)

  * * *
 藤原定家が小倉山荘で撰んだという「小倉百人一首」。

 かるたとして、歌の基本学習として、かな書道入門として、
 さまざまに親しまれています。

 飛鳥時代の天智天皇からはじまり鎌倉時代の順徳院まで、
 「百人一首」がほぼ時代順に並びます。

 天智天皇から5首ずつ、全20回で歌・解釈・歌人について、
 を書道作品入りでまとめました。
  (一番下にある各首の冒頭の番号をクリックしてください。
   リンク先は 姉ブログ「くじょう みやび日録」)
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 ◆第5回:21~25番

 今回は、25番の歌に登場するさねかづらについて少し。


  名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな
     三条右大臣


 訳:逢って寝るという名を持つその名に背かぬのなら「逢坂山のさねかずら」を
  手繰り寄せるように、人に知られず(あなたに)逢いに行く方法があればなあ。


 三条右大臣とは藤原定方のことで、彼は醍醐天皇生母の藤原胤子の兄弟。

 訴えたいことは後半の「人に知られでくるよしもがな」ですが、
 それを表現するために逢坂山の「さねかづら」という植物を取り上げています。
 「逢坂山」は関所のある近江の歌枕、「逢う」(男女の関係)の意味を響かせる掛詞。
 「さねかづら」は「さ寝」の語感を含むことから、やはり男女の情交を思わせる語。


 私の場合「さねかづら」と聞いて真っ先に思い出すのが、中臣鎌足の歌です!

  玉くしげ 三室戸山の さなかづら さ寝ずはつひに ありかつましじ
    ――万葉集 巻二 94

 訳:玉くしげを開けてみる、三室戸山のさな葛のような共寝をしないでいることは、
  私にはできないだろう。(さなかづら=さねかづらに同じ。「さ寝」に続かせる用法)

 この歌は、以下にあげる鏡王女の歌への返歌

  玉くしげ 覆ふを安み 開けていなば 君が名はあれど わが名し惜しも
    ――万葉集 巻二 93

 訳:玉くしげのように人目にたっていないのをいいことに、
  夜も明けてからお帰りになると、やがては人に知られます。
  あなたのお名前はともかく、私の浮名の立つのは困ります。

 ま! 色っぽい歌(*´ -`)(´- `*)
 三条右大臣の祖先にもあたる、藤原氏の祖ですね



 ちょっと気になったので、「さねかづら」とはどんな植物か、調べてみました。

 ◆サネカズラ
 常緑つる性木で、赤い実がなる。真葛、実葛、別称で美男葛(びなんかずら)とも。
 若い皮には粘液が多く含まれ、昔は鬢付け油として使用したためこの別称がある。

 お花は、こんな感じ。かわいい。
 saneka17
 雌花は花芯が緑色をしているそうなので、こちらは雄花。花径2センチほど。 

 saneka
    ※上写真2点とも 季節の花 300 様より拝借

 こちらが赤い実! 美味しそうですが食べられないらしい。


 三条右大臣の歌は『後撰和歌集』(恋・701)が出典ですが、
 手元にある『万葉集』に登場する植物名の資料を確認しますと、
 万葉集に「さねかづら」の登場する歌は9首。
 そのうち8首までが同じ「逢ふ」にからめた用法でした。

 [参考文献]中西進『万葉集 全訳注原文付』(一)~(四)、別巻、講談社、1980~1985年




 21番 いま来むと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ちいでつるかな
  素性法師

 22番 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐といふらむ

  文屋康秀

 23番 月見れば ちぢにものこそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど
  大江千里

 24番 このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに
  菅家

 25番 名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな
  三条右大臣


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