◆本紹介◆平安時代、杉本苑子

 久々のロングバージョン本紹介、杉本苑子さんの『山河寂寥』です。

 


 副題は「ある女官の生涯」とあり、藤原淑子という女性の生涯を描いた小説。

 あまりメジャーな人物ではありません。
 藤原長良の娘。叔父良房の養子となった基経にとって実妹にあたる人物で、
 当時の高級女官である尚侍(ないしのかみ)。王時代から宇多天皇の養母であった
 関係もあり、非常に力をもった女性のようです。

 小説は、彼女の人生を通して、文徳朝から醍醐朝のはじめまでを描きます。
 (淑子は醍醐天皇の延喜6年に死去)
 杉本さんご自身が文庫版のあとがきで寄せているように、杉本作品が時代順に
 飛鳥の『天智帝をめぐる七人』からはじまり、奈良時代の政争を描く『穢土荘厳』、
 平安時代初期・嵯峨天皇の皇后『檀林皇后私譜』とつづいたあと、平安中期の
 紫式部の生涯を描いた『散華』へ飛んでしまっていた、その間を埋める作品です。
 (これらの作品もいずれ紹介したいです※『檀林皇后私譜』については紹介済み


 上巻は良房の死去までが描かれます。
 良房の時代には文徳天皇の急死(孫の清和天皇即位)や応天門の変などが起こり、
 その結果良房は権力の座に上り詰めます。

 ここまで、あまりに良房(とその周囲の藤原氏)が強引に描かれ過ぎています。
 文徳の急死にしろ実は応天門の火災にしろ、すべて事を仕組んだか手を下したのは
 藤原氏となっています! 
あまりにも陰謀すぎるだろ!! という感想

 ことに文徳天皇なんて淑子の姉の有子(この女性も早くに亡くなるが高級女官)の手で
 毒殺されてしまい、まだ若かった淑子はそれを感じ取り、権力の何たるかを学んでいく、
 みたいな展開です……

 事に際しいかに素早く自らに有利に、相手を不利に陥れるか、という対処能力にこそ、
 権謀の何たるかはあるような気がするのですが、ちょっと安易な印象です。
 『檀林皇后私譜』も安易な殺人の連続で、ちょっと気が滅入ったのを思い出しました



 下巻のほうが面白く読めました。
 亡き夫との間に子のなかった淑子は、仁明天皇の古皇子・時康親王と桓武天皇孫・
 班子女王の三男・定省(さだみ)を養子に迎えます。
 基経は淑子とともに、彼らの妹にあたる高子の生んだ清和天皇の皇子・陽成天皇の
 素質に疑問をいだき、天皇のすげ替えをおこなうことになるのですが……
 (陽成天皇の扱いも、『檀林皇后私譜』の正子内親王そっくりのおざなりな描かれ方。
 一方的にダメ息子として断罪されており、面白みがない)

 このあたりから、基経の駒としてだけではない、淑子独自の動きが出てきます。
 自らの孫(娘が生んだ清和天皇皇子)を帝位につけたい基経。
 迷いのある基経へ淑子は、時康親王を推します。定省の実父の時康を!

 時康親王は光孝天皇となり、のちに定省は宇多天皇となる人物です。
 淑子は、基経やその嫡子時平とつかず離れず、また定省のことも、冷静に観察する
 目を持ちます。さらに周囲の菅原道真らのことも……


 下巻では、とくに定省宇多天皇の描かれ方が面白く感じました

 宇多天皇の心には、「小さな一粒の、氷で出来た種」が埋まっている――
 かわいい少年のころには淑子も気づかなかったが、成長して帝となりはっきり見える。

   (でも、けっして悪いことではない)
   と、淑子は宜(うべな)う。むしろ、氷の種を深部に秘めているからこそ、
  人は帝王たりうるのだとさえ思いもする。(…)冷たい非常な氷の種を、
  心中ふかく隠し持っているからこそ、身にふりかかる危機を切りぬけて
  王者たちは生き延びたのである。
   (…)道真と時平のどちらが先にそれに気づくかが、菅家・藤家の向後を
  左右する鍵ではないか。そう淑子は見ていた。 [309頁]

 意欲はあった。才気もあった。藤原氏に押さえつけられていた憤懣があった。
 しかし最後のところで道真を事実上見棄てた……

 このあたりの宇多天皇をあらわす「氷の種」に、とても惹かれました。

 ☆特集・杉本苑子



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