壱◆News・雑感編◆

  2015/10/26
 有智子内親王歿す


 承和14年(847)10月26日、嵯峨天皇第8皇女・有智子(うちこ)内親王歿す。
 享年41歳。薄葬と朝廷からの葬使の辞退を遺言していたそうです。

 名前は似ていますが、母は檀林皇后(橘嘉智子)ではなく、
 舎人親王のひ孫にあたる交野(かたの)女王。

 有智子が歴史に名を残したのは、
  1:初代の賀茂斎院である
  2:女流漢詩人の嚆矢である
 という点によります。

 ただ、彼女自身についての史料は少なく、漢詩も現在まで伝わっている
 ものとなると10首にすぎません。

 正史『続日本紀』の死没記事では、有智子内親王について、
 以下のように表現しています。

   「頗渉史漢、兼善属文」(「史記」と「漢書」によく通じ、さらに文章を得意とした)、
   「性貞潔」(人柄は貞節)……



 有智子内親王について、もう少し詳しい生涯についてはこちら
  有智子内親王のこと (過去記事)




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