先日、平安中期の名筆家“三蹟”の本をご紹介しました※が、
 ついでに彼らのちょっとしたこぼれ話を。

  ※『書の宇宙11 受容から変容へ 三蹟


 ■道風にあこがれていた行成

 ほぼ同時代に活躍した平安初期の三筆(嵯峨天皇・空海・橘逸勢)と異なり、
 三蹟(小野道風・藤原佐理・藤原行成)は活躍の時代に少しずつずれがあります。

 行成が生まれたころすでに道風はこの世の人ではなく、書の上手として
 尊崇される伝説の存在と化していました。行成は道風にたいへんあこがれ、
 中国の王羲之(おうぎし)などとともに道風の書風もよく学んだといいます。

 行成は道風にあこがれるあまり、夢まで見ました。

   此夜夢逢野道風、示云、可授書法、言談雑事、
      [『権記』(=行成の日記)長保5年(1003)11月25日条、行成32歳]

 書法を授けられ、いろいろお話したとか


 ■謝ってばかりの佐理

 一方の佐理ですが、残された“名筆”は切ないことに、詫び状がメインです。

 有名な「離洛帖」は時の権力者・藤原道隆への挨拶を忘れたことへの、
 「国申文帖(女車帖)」はやはり権力者の藤原頼忠に対する様々な失態についての、
 「恩命帖」は仕事上のミス(命じられた矢の調達がなされていない)についての、
 とりなしの願いや詫び、弁明などの内容です。
 ほかの真筆も、窮状に対する訴えや問い合わせで、作品ではなく手紙類が多い。

 しかし、謝っているはずなのに、その筆からは“申し訳ない感”がまったく感じられない私には
 あまりに大胆不敵な筆跡……しかも誤字脱字だらけだとも聞きます。

 参照:離洛帖
 Fujiwara_no_Sari_letter
  畠山記念館蔵

 佐理っていったい……



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