◆史跡案内◆京都

 歴史の政権中枢の舞台が、奈良の平城京から京都の平安京へ移行する
 はざまの10年間、平安京の南西に位置する乙訓の地に、「長岡京」と呼ばれる
 都が存在したことをご存知でしょうか?

 ……と、思わずききたくなるほど、存在感の薄い都
 それが長岡京です。

 京域は東西4.3km、南北5.3kmにもわたり、現在の京都府向日市・長岡市・
 京都市にかかります。中枢部の長岡宮は、ほぼ向日市に収まります。


 今回の史跡めぐりは、この長岡宮に整備された史跡公園が中心です。

 長岡1朝堂院

 長岡宮跡の史跡エリアは、主に4か所です。
 この4か所の史跡では、スマホやタブレットのアプリ「AR長岡宮が楽しめます。

 昨年訪れたときに知り、今回はすでにダウンロードして万全の態勢(?)です!

 長岡1ARマップ
 アプリの「マップ」画面。

 この4か所が長岡宮の主な史跡で、アプリの可動範囲です。
 阪急京都線西向日駅から徒歩1~2分からの至近距離なのです。
 実はアクセス良好の史跡といえます。

 オススメは、西口から徒歩1~2分の朝堂院公園からのスタート。
 上のマップの左下水色のピンのエリア、係員のいる案内所があります(10~17時)。


 長岡京は延暦3年(784)に奈良の平城京から遷された都です。
 即位したばかりの桓武天皇はまだあまり力がなく、平城を離れる遷都への反対も
 強かったため、平城宮ではなく当初は難波宮の宮殿を移築し急ぎ敢行したとか。
 難波宮を継承したためもあってか、平城宮などと異なり、朝堂院も十二堂ではなく
 八堂に省略されていることがわかってきました(下図参照)。

 桓武天皇というと専制君主のような強大なイメージですが、確かに即位直後の
 勢力は、非常に不安定なものでしたよね。


 長岡宮についての説明は、こちらの看板をご覧ください。

 長岡1朝堂院説明1
 

 当時の建物と現在地図の位置関係。

 長岡1長岡京2

 上の図のうち、朝堂院公園は、左下方の「西第四堂」の場所にあたります。

  ※参考:平城京の朝堂院ジオラマ(国立歴史民俗博物館)
  平城京朝堂院
  東西各六堂ずつの計十二堂の朝堂院。

 大極殿は天皇の政務の場所、朝堂院は公卿の政務の場所という定義でしたが、
 すべて内裏で行われるようになっていき、朝堂院は儀式の場となりました。


 長岡1朝堂院2-2

 こちらが公園内の様子。
 正面に高く盛り上がっているのが、西第四堂の存在した場所です。

 では、ARアプリを起動します!
 すると……

 長岡1朝堂院2

 どうですか

 在りし日の姿が現実世界に合成されて現れます!(もちろんスクショも撮れる)

 第四堂の正面から少し北東に視線をずらし、大極殿の方向を見てみましょう。
 今度は、ARではなくVR画面です。

 長岡1朝堂院5(望北VR)

 ARは現実風景にCGを合成するモードですが、VRは完全にCGの世界となります。
 閤門の向こう遠くに大極殿の屋根が見えています(上図参照)。

 次はあの大極殿(現在は大極殿公園として整備)へ向かいます。


 あ、このアプリ、風景だけでなく、時折こんなものも登場するみたいです……

 長岡1朝堂院4(望西AR)

 白い鹿さんがこっちへ歩いてきました.゚+.(・∀・)゚+.゚

 つづき:第2回 大極殿公園

 


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