私は作家・永井路子さんのファンです。
 あまりいい読者とはいえないかもしれませんが。



 私の永井路子体験

 永井さんの小説、はじめて読んだのは高校時代かと思います。

 直木賞受賞作『炎環』あたりだったんじゃないか?
 鎌倉時代初期をあつかった4作品が収められている小説集です。
 三代将軍実朝暗殺の黒幕は、言われているように北条義時ではなく、三浦義村である、
 という永井さんの新解釈が示されるのですが、これにハマりました。

 この出会いの前から歴史は好きでしたが、義時と義村の駆け引きのスリルなどに触れ、
 歴史のなかの駆け引きのおもしろさ……を知ったのではないかと思っています。
 派手な戦闘や声高なイデオロギー論争ではない、じっくり、静かな、水面下の動き。

 また、多くの史料を読みこんでいて、それらを手の内を明かすように作家自身が顔を出して、
 語ってくれます。「○○の史料にはこうあるので、こうではないか」という語り手法で、
 読んでいて興味深いとともにフェアな感じがしたのです。


 すっかり影響された私は、大学の史学科に入学して『吾妻鏡』と『玉葉』を読みたい、
 読むぞ、というのを心の支えに受験勉強をしていました。
 (しかし大学入学後、学問に見切りをつけ
 それらを読むことはありませんでした……

 もうねえ……永井さんに関しては、この最初期の“すりこみ”があまりに強烈で、
 なかなか崇拝レベルから抜け出せないのです



 ■永井路子 古代史作品コーナー作成
 
 永井さんは小説のほかにエッセイなども含めると多くの書籍を出版されていて、
 それらをすべて入手し、読んで整理することは大変です。
 現在手元にある文庫本だけでも、結構な量になっています。
 こちらのブログでは、それら多くの作品群の中から、
 古代史を扱った小説作品に絞って、できる範囲で取り上げる予定です。


 基本資料はこちらです。
 永井路子展
 ▲『永井路子展』古河市文学館(平成15年)


 茨城県古河市には永井さんの旧宅が修復・一部再現の形で残され、
 2003年より公開されております(古河文学館別館)。上は同文学館の図録です。

 旧宅は入場無料。茶商・陶漆器商を営んでいた店蔵です。

 永井路子旧宅1

 永井路子旧宅2

 庭もあり、サンダルに履き替えて出ることもできました。
 暖かな縁側で、お茶のサービスをいただき和みました

 永井路子旧宅3

 そして驚くのは、若かりし永井路子の美女ぶり
 写真を拝見するとその美しさは掛け値なしで、まさに「才色兼備」の女性です。


 ❖永井路子略歴
 大正14年(1925) 東京にて生まれる。本名擴子。母のおじ永井八郎治へ入籍。
 昭和19年(1944) 東京女子大学国語専攻部卒業。
 昭和22年(1947) 東京大学経済学部の聴講生となる。
 昭和24年(1949) 黒板伸夫と結婚、東京都中野区へ転居、小学館入社。
 昭和27年(1952) 「三條院記」で「サンデー毎日」懸賞二席。
 昭和35年(1960) 雑誌「マドモアゼル」創刊に伴い、小学館初の女性副編集長。
 昭和36年(1961) 「青苔記」第45回直木賞候補、小学館退社。
 昭和37年(1962) 神奈川県鎌倉市転居。
 昭和39年(1964) 『炎環』で第52回直木賞受賞。
 昭和54年(1979) NHK大河ドラマ「草燃える」放映。
 昭和57年(1982) 『氷輪』で第21回女流文学賞受賞。
 昭和59年(1984) 『この世をば』で第32回菊池寛賞受賞。
     第33回神奈川文化賞受賞。
 昭和63年(1988) 『雲と風と』ほかで第22回吉川英治文学賞受賞。
 平成 9年(1997) NHK大河ドラマ「毛利元就」放映、NHK放送文化賞受賞。
     茨城県特別功績章受章。
 平成10年(1998) 鎌倉市名誉市民。
 平成15年(2003) 古河市名誉市民。
 平成18年(2006) 第7回和島誠一賞受賞。
 平成21年(2009) 『岩倉具視』で第50回毎日芸術賞受賞。

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