◆本紹介◆飛鳥時代、奈良時代・永井路子

 永井路子さんの古代史小説を紹介するコーナー、第一回目は
 飛鳥から奈良時代を背景にした短編集『裸足の皇女』です。

 
 裸足の皇女
 ▲初版(文藝春秋・平成元年)表紙

 紹介前編の本日は、そのうち前半の3編をご紹介します。

 永井さんの小説、ある歴史上の人物に焦点を当てて生涯を描く長編は
 代表作として取り上げられ、とてもよいのですが、短編も面白いです。

 上のような長編と異なり、ストレートに対象や出来事を描くのではなく、
 別の人物による語りであったり、また描かれる人物も“歴史の主役”級ではなく、
 少々マニアックな人選であったりします。
 言い換えれば埋もれがちな人物からの歴史の表舞台への視線です。
 ある程度その時代の知識があればなるほどと膝を打ち、
 知らなくても短い物語ゆえ焦点が絞られているので短時間で読めますし
 わかりやすいのではないでしょうか。


  冬の夜、じいの物語

 かつて蘇我稲目大臣の邸に仕えていた「じい」の、孫への夢のような昔語り。
 稲目の娘で蘇我馬子の姉ふたりのうち、下の小姉君は本当に美しかった。
 上の姉、堅塩媛の器量はさほどではなかったが、姉妹のもとへ通った
 欽明天皇の足は、姉の堅塩媛のほうへ多く向かうことに……

 「小姉君さまは、美しすぎたのじゃ。美しすぎるのは禍々しい、と
 大臣さまはお考えになったのかもしれぬ」


 じっさい、姉妹のうち堅塩媛の皇子皇女には用明天皇・推古天皇などが
 おり繁栄しましたが、小姉君の皇子皇女はほかならぬ蘇我馬子の手回しで
 暗殺された崇峻天皇、政争に敗れて殺された穴穂部皇子など、悲運です。

 小姉君は、堅塩媛や馬子とは異母姉妹だったのか?
 『古事記』では馬子の「おば」ともされています。

 

  裸足の皇女

 「むみりえか はらあくきさま……」

 蘇我馬子の直系の子・孫である蘇我蝦夷入鹿は滅びました。
 しかしあくまでも滅んだのは本宗家であり、傍系は生き延びています

 表題の「裸足の皇女」は、そんな蘇我傍系の赤兄の孫娘・山辺皇女のこと。
 彼女は天智天皇の娘、長じて天武天皇の子・大津皇子と結ばれます。
 皇女は、乳母の「胡奈女」から昔語りをきき、蘇我の歴史を知っていきます。
 そんな皇女の物語かと思えば、後半、物語は一転します

 大津が滅んだのは、もしかすると、山辺皇女に流れる血のせいでもあった?
 冒頭の呪文のような唄は、胡奈女がむかしから口ずさんでいたもの。


 すべてが明かされたとき、ぞくっとし、また、歴史をいろんな角度から見ることの
 面白さに憑りつかれることでしょう。



  殯の庭

 主人公・新田部皇子は小さいころから成長するまで、うんざりするほど「モガリ」の
 庭(葬送)に立たされました。まずは父帝(天武)、大后(持統)、そして文武。

 皇子皇女やキサキたちの揃うその場所で垣間見た、人間関係や政治の世界。
 殯(もがり)という舞台設定が絶妙! 殯をひとつ越えるごとに新田部皇子が
 成長し、またいろいろな政治的行動をとっていくのが興味深い。


 新田部皇子は、藤原鎌足の娘・五百重娘の生んだ天武天皇の皇子。
 先に母の姉・氷上娘が天武の子、但馬皇女を生んでいました。但馬との複雑な心境。
 さらに母は天武亡き後、異母兄弟である藤原不比等と結ばれ、麻呂という男子を
 もうけるのです(藤原京家の祖)! その葛藤……

 藤原四家で異母兄との関係ばかりに目が行きがちな末っ子麻呂ですが、
 異父兄弟である新田部皇子と藤原麻呂との関係も、あらためて考えさせられます。

 

 次回後編は、大伴坂上郎女の連作など、残りの短編について☆

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