2016/02/23
  倭姫王、大后となる

 天智天皇7年(668)2月23日、倭姫王(やまとひめのおおきみ)皇后とされました
 当時の呼称では大后(おおきさき)です。

 倭姫王は生没年不詳、父の異母弟・中大兄皇子(天智天皇)の妃となりました。
 皇子女はなし。父の古人大兄皇子は、舒明天皇の第一皇子で母は蘇我馬子の娘。
 古人は蘇我蝦夷と入鹿の本宗家が滅ぼされた乙巳の変(645年)のあと、
 中大兄皇子らの新政府より謀反を疑われ、滅ぼされました。

 つまり、彼女は父の仇の妃となったということですが、その時期も不明。
 中大兄皇子が称制期を経て即位すると(668年1月)、大后に立てられました。

 この倭姫王、もしかしたら天皇になったのかも……?
 という説もあるそうです。

 天智天皇が危篤の際、弟の大海人皇子(天武天皇)がその床に呼ばれましたが、

  願陛下擧天下附皇后。仍立大友皇子。宜爲儲君。 (『日本書紀』天智10・10・17)

 と、皇位を受けず、大后に天皇大権を継承するよう答えたといいます。

 皇后には万一のとき天皇位を継げる皇族の女性が立てられるのが当時の
 セオリーでした。大友皇子ではなく倭姫王が天皇あるいは称制をおこなった、
 という可能性も否定はできません。


 *ちなみに、漫画・長岡良子『夢の奥城』でも大友皇子と皇位について話す場面が*
 夢の奥城表紙
 過去記事:夢の奥城(漫画 倭姫王)
 


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