◆古典・水鏡◆第6回

 水鏡 2



 歴史物語『水鏡』、姉ブログで神武~宣化天皇まで読んできました。
 その続きの欽明天皇から読んでいます☆

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 前回までのあらすじ

 崇峻天皇が殺された後、女帝推古が位についた。
 聖徳太子が天下の政治をおこない、活躍した。
 その太子も、やがて亡くなってしまう。
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 ■36代 舒明天皇

 敏達天皇の子・彦人大兄皇子の子。母は敏達天皇の娘・糠手姫。

 +舒明天皇3年、玄奘三蔵が唐土より天竺へ渡られたとか。

 えっそれだけ?!

 
 驚くほど簡潔な内容。
 日本書紀でも舒明天皇自身の功績はあまり記録がないが、
 それにしても、中国の玄奘のことしか内容がないとは!

 舒明紀(日本書紀)には、
 ・犬上三田耜(いぬかみのみたすき)ら遣唐使派遣の話、
 ・大臣蘇我蝦夷のサボタージュ的態度と反抗、
 ・天皇が「大宮と大寺」(百済宮・百済大寺)を造らせた話
 などが載る。

 また、紀で大きなスペースを割く舒明天皇即位以前の記録に、
 前帝推古の遺詔をめぐり、聖徳太子の跡取り・山背大兄王と
 田村皇子(舒明)とのあいだで朝廷が揺れたことがあるが、
 それすらまったく『水鏡』には記載がない。あれだけ太子を持ち上げておきながら、
 ここでその子・山背の名前すら出てこないのも不思議な気がする。


  [参考文献]
  ・河北騰『水鏡全評釈』笠間書院、2011
  ・宇治谷孟『全現代語訳日本書紀』講談社、1988

  
 
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