◆本紹介◆平安時代・永井路子

 永井路子さんの古代史小説を紹介するコーナー、第二回目は
 前回の短編集『裸足の皇女』の姉妹編ともいえる『噂の皇子』です。
 『噂の皇子』のほうが刊行が約1年前になっています。

 
 噂の皇子
 ▲初版(文藝春秋・昭和63年)表紙。表紙も『裸足の皇女』と対になっています。

 前回と同じような書き出しですが、永井さんの短編・中編小説は、 
 ある歴史上の人物に焦点を当てて生涯を描く長編とはまたちがう
 面白さがあります。

 歴史のなかに埋もれがちな人物からの表舞台への視線です。
 ある程度その時代の知識があればなるほどと膝を打ち、
 知らなくても短い物語ゆえ焦点が絞られている利点があります。


  噂の皇子

 永井さんの代表作に藤原道長を描いた長編『この世をば』がありますが、
 この中編は、その道長の栄華の前に立ちはだかった三条天皇
 その三条が期待を寄せた第一皇子・敦明親王の視点から描かれています。

   式部卿宮敦明については二つの世評がある。今どきの皇子にしては珍しい、
   気どらないさばさばした性格だという、やや好意的な評と、「皇子としては珍しい」
   というそのことが、すでに常軌を逸しているのだという評と……。

 冒頭の文章です。
 その噂とはなぜ生まれたのか? すでにそこから、争いは始まっています。

 この物語は権力者・道長に虐げられた“可哀想な三条天皇とその一族”ではなく、
 三条の側からも駆け引きは行われていたし、争いに巻き込まれながらも敦明が
 どう振る舞ったか、そして周囲の人間をどう見ていたのか――

 簡単に相手を陥れて政変で殺していた時代とはまったく異なる様相をみせた、
 このころの優雅にして熾烈なやりとりが興味深い。
 

  桜子日記

 恋多き女といわれ王朝を騒がせた、和泉式部
 彼女の姿を、まだ純情な配下の女童から眺めてみせた作品。

 最初の結婚は「意外に地味」な和泉守になった橘道貞
 そして、弾正宮為尊親王(冷泉天皇の皇子)との恋、夫との別れ、弾正宮の死、
 そしてその弟の帥宮敦道親王との恋……

 はじめのうちは表面的な部分しか分からなかった女童「桜子」でしたが、
 しだいに男にも女にもさまざまな思惑があることが見えてきて……


  王朝無頼

 直前の話「桜子日記」の最後は、再び帥宮をも亡くした和泉式部について、

   これから、あの方はどうなさるのか。すでに新しい男の方の影もちらほらして
   おられます、藤原保昌さまもそのお一人でございますが……。

 と語って閉じられていました。

 次の「王朝無頼」は、どうやらその藤原保昌の弟で無頼者として有名であった、
 藤原保輔の姿が描かれています。
 とはいえ主役は、保輔の一味に拾われることになった一庶民の「鈴鹿丸」。
 都の事情もわからぬまま、地方(美濃)からある事情で駆り出された男です。

 彼の境遇を通して、当時の庶民の一面を覗くことができます。

 前編との関わりでは、「さる女房」のところにいるはずの保輔の兄・保昌のもとへ
 鈴鹿丸が文を届けに行くのですが、「さる女房」のところには別の男がいる。
 これが和泉式部でしょうね。そして、鈴鹿丸に別の男の正体を気取られぬよう、
 色仕掛けで足止めした少女……これは、あの純情だった桜子かもしれません

 鈴鹿丸は故郷へ帰してもらう直前、恩返しにある仕事を受けました。
 それは、だれかもわからぬ貴人の襲撃……貴人は命こそ助かったものの、
 指を失っています。果たしてその貴人とは?


 ☆ ★ ☆
 前編は、収録全8編のうち、最初の3編をながめました。
 後編は、残り5編です。

噂の皇子(みこ) (文春文庫)
永井 路子
文藝春秋
1991-09


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