今日は一日暖かく、桜の花も少しずつ開いてきました

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 ▲東京千代田区・千鳥ヶ淵の桜(3/30)


 本日、千鳥ヶ淵付近の桜はまだ二分咲き程度といったところ。

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 ただし、立地や品種によって花の開き方にバラツキもありますので、
 なかには満開の木も見られました。

 
 現代の都市にある桜は、ほとんどが江戸時代以降の品種・ソメイヨシノかと
 思っていましたが、昔からある山桜系も植えられているようですね。
 

 さて、桜を詠み込んだ和歌は数多く、好きな歌もたくさんあります

 
 好きな桜の歌の中から、まずは平安初期の歌人・在原業平の有名な歌を。


   世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

 訳:世の中にまったく桜というものがなかったならば、
  春を過ごす人の心はのどかなものであろうに。



 このドキッとさせる魅力はなんでしょう

 それはきっと、いったん桜の存在を否定し去る、という逆転からの称賛

 業平という歌人は、そうしたアクロバティックな歌が得意だったようです。



 同じ六歌仙の小野小町にも有名な「花のいろは……」の歌がありますね。

   花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

 訳:桜の花の色は、すっかり色あせてしまったことだなあ。
  むなしく日を過ごし、長雨が降り続いていた間に。
  (私の容色はすっかり衰えてしまったことだなあ。
  むなしく恋に時を過ごし、もの思いにふけっている間に。)

  <「ふる」=経る、降る 「ながめ」=眺め、長雨>


 奈良時代は花といえば梅のほうがメジャーで、花といえば桜となるのは
 平安時代以降とされています。 関連記事:小倉百人一首 第7回

 さきほど、BS-TBSの「高島礼子・日本の古都」小野小町の回を見ていましたが、
 この歌の花は桜ではないかもしれません。
 小野小町ゆかりの京都・山科の随心院には、たくさんの“はねずの梅”が
 植えられた梅園があるのだそうです。てことは、この花は、桜ではない……

 この“はねずの梅”は鮮やかなピンク色ですが、色が褪せやすい。
 「はねず」は“うつろいやすさ”をあらわす枕詞なのだそうです。
 平安時代とはいっても、「花」がすべて桜を指すわけではなく、梅を指す例も
 ありますし、この歌ももしかすると梅かもしれませんね

 

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