◆イベント記録◆2016年5月3~5日 奈良・平城京天平祭

 平城京天平行列の女帝特集

 初日の3日には平城宮跡において、平城京の歴代天皇や皇后、女官・文武百官などに
 よる時代行列「平城遷都之詔」が行われました。


 女性が主役の華やかな天平行列

 天平行列の特徴はなんといっても華やかさ。
 なぜなら、平城京の時代は日本の歴史のなかでも女性の天皇が圧倒的に多い時代

 遷都を行った元明天皇、次の元正天皇、そして孝謙天皇称徳天皇(孝謙天皇の重祚)
 が女帝、さらに聖武天皇の皇后は有名な光明皇后です!

 記事では、2016年行列の女帝および光明皇后の写真とともに、経歴をご紹介します。


 女帝・皇后の経歴 + 2016年行列写真


 元明天皇

 元明2

 661~721.12.7、在位707~715
 阿閉(閇)(あへ、あべ)皇女、天智天皇の第4皇女。
 母は蘇我倉山田石川麻呂の娘・姪娘で持統女帝の母の妹にあたる。
 天武天皇と持統天皇の子・草壁皇子の妃となり、のちの文武天皇らを生む。
 重病の文武の譲りをうけて即位。710年の平城遷都など、藤原不比等らの
 補佐を得て律令政治を推進した。娘の氷高内親王に譲位。


 元明1
 ▲逆サイドより

 元明3
 ▲後ろ姿

 元明4
 ▲大極殿内より。これより“平城遷都之詔”が下される

 宝冠をかぶり男性天皇と同じデザインの礼服を召した凛々しい元明女帝。
 眩しい白にはよく見ると模様が浮いているのが分かります。

 第27代ミス奈良の中川友香梨さん。

 元正天皇

 元正1

 680~748.4.21、在位715~724
 氷高(日高)(ひだか)内親王。草壁皇子の娘で、文武天皇の姉。
 母の元明天皇から譲られて即位した、未婚の女帝。以来女帝はすべて未婚である。
 治世下では『日本書紀』編纂や三世一身の法の施行などがなされた。
 弟の遺児・皇太子首(おびと)(聖武天皇)に譲位したのちも、宮廷に重きをなした。
 また、正史によれば美しい女性であったらしい。


 元正2
 ▲後ろ姿。

 高松塚古墳壁画像に見えるような朝鮮伝来風のスタイルです。
 よく見ると打ち合わせが現在と左右逆なのです。

 第26代ミス奈良小松みのりさん。


 光明皇后(聖武天皇皇后)

 光明1

 701~760.6.7
 安宿媛(あすかべひめ)・光明子。藤原不比等の三女、母は県犬養三千代。
 716年聖武の皇太子時代に入内、即位後夫人をへて、729年長屋王の変のあと
 皇族以外から初めて立后。娘の阿倍内親王が即位すると、皇后宮職を改組して
 紫微中台に権力を集中、事実上天皇大権を掌握した。
 仏教への信仰篤く、また社会救済事業にも尽くした。
 

 光明3

 光明2
 ▲後ろ姿。聖武天皇と光明皇后のみ傘がついていました。

 元正天皇の次の聖武天皇時代より、女性の服に華やかな背子(ベスト)が
 加わり、だいぶ印象が変わります。

 松竹芸能の藤原宏美さん。(藤原!?


 孝謙天皇

 孝謙1

 718~770.8.4、在位749~758
 聖武天皇と光明皇后の娘、阿倍内親王。738年20歳過ぎで女性初の皇太子となり、
 約10年を経て父の譲位を受けて天皇となる。
 東大寺大仏の開眼供養は孝謙天皇時代のこと。受戒して法名は法基。
 天武天皇の孫・大炊王(淳仁天皇)に譲位。


 孝謙2
 ▲逆サイドより。

 称徳天皇と比べてまだ若いせいか、色も可愛らしいですね。

 第26代ミス奈良柴田真理さん。


 称徳天皇

 称徳1

 孝謙天皇と同一人物。在位764~770

 譲位後、淳仁天皇および背後の藤原仲麻呂と不和となり、彼らを764年に
 藤原仲麻呂の乱で倒して重祚した。
 僧道鏡を重く用いて混乱を招き、皇嗣を決定せず在位のまま崩御。


 称徳2

 称徳3
 ▲逆サイド横姿。


 孝謙天皇に比べ、歳を重ねて落ち着いた雰囲気に?(中の人は若そうですが)

 長尾朋美さん。


 ★  ☆  ★

 いや~たいへん華やかでしたね
 写真が下手で残念至極ですが、みなさんほんとにお綺麗です。
 衣裳や髪型・髪飾りなど細部も素敵

 また、奈良時代には筒袖の印象が強いと思いますが、身分の高い方の盛装は
 写真のように幅の広い大袖タイプです。男性スタイルの元明は措いて、元正の装いは
 行列の中では特に異色で目立っています(着ている方が小柄で余計に可愛いw)。


 男性天皇や女官、その他行列全体については、また次回お届けいたします。
  2:解説・レポート


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