◆漫画紹介◆奈良時代、里中満智子

 里中満智子原作、実在の悲劇の王を漫画化


 『長屋王残照記』原作漫画と新発売ドラマCDをご紹介!


 先月末(2016年5月)、81プロデュース企画として、オーディオドラマ(ドラマCD)
 里中満智子さん原作『長屋王残照記』が発売になりました。
 (長屋王役:三木眞一郎、吉備内親王役:加藤英美里)

 里中さんの、昨年完結した超大作漫画・持統天皇を描いた『天上の虹』と、
 先日ご紹介した『女帝の手記 孝謙・称徳天皇物語』のあいだを埋める作品です。

 原作漫画をご紹介し、次いでCDの感想を補足します。

 長屋王残照記
 ▲徳間書店版コミックス(全3巻・1991年)、81レーベル第2弾オーディオドラマ(81プロデュース・2016年)




 長屋王の高貴な血筋と実直さ

 長屋王は、天武天皇の子・高市皇子と天智天皇の子・御名部皇女とのあいだの嫡男。
 母の妹・元明天皇の娘である吉備内親王を正妃にしています。
 元明はもちろん、吉備の同母姉・氷高内親王(やがて元正天皇となる)とも近しい。

 順調に出世をかさね、非常に恵まれた環境にある貴公子でした。
 長屋王の隆盛は、発掘調査の結果からさまざまに実証されています。
 (木簡の記載などから、実際には「親王」扱いであったことが分かり、正妃の吉備内親王
 ともども皇位継承権を有したことが推測されます)

 また、王自身もそれに恥じない才や立派な容貌を持ち、努力を重ねる美しい心で
 己を律する様子が、漫画では描かれています。

 しかしそれだけではドラマとしては面白みに欠けますよね

 周知の通り、政権の中枢を担った長屋王ですが、最終的には謀反の罪で妻子の一部と
 ともに自殺に追い込まれるという、悲劇に見舞われてしまうのでした

 悲劇ですからプラスの読後感は期待できませんが、圧巻の壮絶さです!


 長屋王と対比される藤原氏の男たち

 漫画の面白さは、主人公の長屋王に藤原氏の男たちが対置されているところ。
 彼らは“成り上がり者”。王の高潔さも素敵ですが、私は藤原氏の描かれ方に惹かれます。


 はじめに壁となるのは、岳父(王の妻の一人・長娥子の父)である藤原不比等です。
 2巻中盤の二人の会話――不比等の台詞――は、深く響きます!

   「あなたは若いし 育ちがいい
   だから真実が正義だと 信じて生きてこられた


   「なんの役にも たたない真実よりも
   世をひとつにする 嘘の方が正しい



 次に、不比等の次男で長娥子の兄にあたる藤原房前が物語全体のキーマンとなります。
 この作品は「藤原房前物語」なのではないかと思うくらい、彼は変貌を見せます。

 最初は自分に足りないものを学ぼうと、憧れの心をもって王に近づく房前なのですが、
 やがて……。とにかく彼の成長は物語を動かし、長屋王の運命を決定づけます。

 史実の長屋王の変では姿を見せない房前なのですが(ゆえに兄弟の中で疎外されていた
 という説もある)、この漫画では主役級の役割を果たしています。

 四兄弟の中では房前の弟・藤原宇合も、房前の次に多く、細かく描かれます。

 ところで以前、『長屋王残照記』に関しては、ストーリーの本筋ではなく、王が飼っていた
 鶴についての記事で触れたことがあります。 ☆長屋王邸の犬と鶴は米を食べる?☆
 実はこの“鶴”が長屋王のメタファーでした。
 房前は、鶴に対置する“地鳥”として、みずからを思い描き、進む道をさとるのです。

   「おれは地鳥のくせに……
   鶴になりたいと 夢をみていたんだ
   なれっこないのに
   おれは まちがっていた
   地鳥は地鳥の 生き方があるのに
」 [3巻・序盤より]  

 

 女性の強さと美しさを描き切る

 注目は、登場する女性がすべて強く、美しいこと 容貌のことではありません。

 その決意や行動力、主役の長屋王よりよほど肝が据わり、絶賛すべき彼女たち。
 (長屋王の真っ直ぐさは読んでいて少々歯がゆくなる。
 首皇子(=聖武天皇)はさらに情けない描かれようで……)

 堂々とした元明女帝。「史上最強」の天皇であろうとした元正女帝
 家庭的なだけの女性かと思いきや、成長を見せていく吉備内親王
 無力ではあったが夫への愛を貫いた藤原長娥子
 そして、藤原のために首皇子を操縦し続ける、強い藤原安宿(後の光明皇后)、
 その母県犬養橘三千代……。

 それぞれの立場で最善を尽くしてたたかう、女性たちの姿は必見です

 

 ドラマCDの感想~原作にない場面も

 とにかく、メディア露出の少ない古代史企画の実現に、まずは感謝
 ですが、やっぱりCDだけ聴くのでは、理解は難しいかもなぁというのが率直な感想。
 やはり、漫画との併読・併聴をお勧めしたいです。

 最初と最後に現代女性の語り手(吉備内親王の生まれ変わり?)を置いたり、
 CDのブックレットには系図が載っていたり、努力はありますが……。
 それから、漫画では描かれない長屋王と吉備内親王の出逢いがあります。

 あと、現在旬の女性声優・加藤英美里さんが吉備内親王を演じられましたが、
 実は吉備の出番はあまり多くありません。
 やはりこの物語は、長屋王の、いや“藤原房前物語”なのかなぁ。
 そもそもCDジャケットも、長屋王と元正天皇で、吉備内親王ではないですし。
 (房前役は川島得愛、元正天皇役は勝生真沙子)

 

 里中満智子<飛鳥・奈良三部作>私的楽しみ方

 いま勝手に<飛鳥・奈良三部作>と銘打ちましたが、飛鳥~奈良を舞台にした、
 時代順に『天上の虹』『長屋王残照記』『女帝の手記』をさしています。

 少しずつ時代が進んでいきますから、登場人物が重なりますが、少しずつもしくは
 突然歳をとっていたりします。人物の経年変化が面白く、また主人公が変わり
 視点(立場)が変わることによって、さまざまな見方を楽しめます。


 主役級の人物では全くありませんが、印象に残った人物をご紹介します。
 それは、『長屋王残照記』で王の“もう一人の妻”として登場した、藤原長娥子(ながこ)です。

 長娥子
 右頁が吉備内親王、左頁が長娥子。(徳間書店版3巻巻頭より)
 (ちなみに長娥子は房前に顔が似ている。房前は「プレイボーイのイタリア人」風

 漫画の長娥子は、素直で優しくはあるが鋭敏さには欠ける娘。
 父・不比等の意図に結ばれた夫である長屋王を大切に思うけれど、真っ直ぐすぎる夫の
 生き方に不安を感じ力になりたいとは思いつつ、結局は無力な存在にすぎませんでした。

 終盤のクライマックス、長屋邸を包囲する兄・宇合への涙の訴えは胸を打ちます。
 (CDでは高橋李依さんの熱演が光っています!)

 長娥子が再び姿を見せる『女帝の手記』。たった一場面なのですが、安宿の娘として
 藤原氏の手中で育てられ、何の疑問も抱かなかった(抱きようがない)聖武天皇の
 内親王だった、主人公の阿倍内親王(のちの孝謙・称徳天皇)。
 幼かった彼女が初めて受けた衝撃、藤原氏への疑惑が、長娥子によって生じる
 ――非常に印象的な、そして全編を通しても大事な場面でした。




 ◆書誌データ◆2巻完結、中公文庫版
 



 ◆CD情報は……◆こちら(81プロデュースHPトップ頁)


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