◆本紹介◆平安時代、安西篤子

 安西篤子『悲愁中宮』


 中宮定子の悲劇から目をそらさず見つめた作品

 1978年刊行の古い作品ではありますが、王道(?)の“明るい定子様”とは
 まったく異なり、かえって新鮮でした! 清少納言も遠景として顔を見せる程度。

 朗らかな定子様と生意気だけどけなげな清少納言の女×女ストーリーも好きですが、
 この小説の悲劇性を前面に出した定子の人物造形は、無理なく理解できました。

 溌剌とした魅力あふれる『枕草子』エピソードの羅列に終始しがちな<中宮定子もの>
 にあって、それに頼らず真実を見極めようとした小説ではないかと思いました。

 悲愁中宮
 ▲1987年の文庫版(集英社文庫)の表紙(部分)。お顔を隠した定子様?


 主人公=語り手は道長のスパイ?!

 語り手の女性は中宮藤原定子の側近く仕える定子と同い年の女房ですが、
 実は道長の情人で、可愛い女の子までなした「左京」と呼ばれる女性。

 兄の道隆が亡くなる前から、道長は周到に姪・定子の周囲を伺っていたのです。
 左京も後ろ暗い役目に気は進まないものの、やはり道長の愛が欲しく、
 またなにより娘の将来のために、道長の勧めに頷かざるを得ません。

 物語は、この道長の情人を通して見える中宮定子の苦悩をうつしとっていきます。



 中宮定子の印象的な性格描写

 そもそも定子にとっては、入内そのものが苦しい務めだったようです。

 序盤の第一章に、定子の性格をあらわす印象的な描写があります。[文庫版25~27頁]
 まさに『枕草子』に活写されるような、気のおけない人たちだけが集まるときに見せる
 「やんちゃな一面」……「左京より少し遅れて出仕した清原元輔の娘の少納言の君」と
 宮(定子)との「冗談の云い合い」……

   中宮といっても、まだ娘気の抜けないような、若々しい宮を中心に、誰も彼も、
  陽気な気分に巻きこまれていた。
(中略)
   なぜか、左京の耳には、宮の笑い声が必ずしも明るい一方のものとしては響かなかった。
   玉をころがすような、宮の美しい声の底に、なにかしら不協和な音が混じっている
  ように思えてならない。

 左京は、宮の朗らかさではなく、笑い声のあまりに甲走る様に、「ややヒステリックな
 要素
」を認めてしまう。宮の“満ち足りなさ”を感じ取ってしまうのでした。

 序盤から読者も、定子の様子に「不協和音」を感じ取り、不安に陥れられ、
 そして物語世界に引き込まれてしまいます。



 容赦なく描かれる定子の悲しみと転落

 父の関白道隆が全盛のころ、3歳年下のみかど(一条天皇)との仲は、定子にとって
 どこか完璧に満たされたものではない様子でした。
 みかどの心中には、自分を子ども扱いする定子の兄・伊周(これちか)に対する反発も
 芽生え始めていました。

 『枕草子』には幸福の絶頂として描かれる、定子と東宮妃である妹、道隆一族が集う
 華やいだ席へ、みかどが定子との逢瀬を待ち切れず訪れる、という一幕にも、
 定子とみかどの微妙なすれ違いがあらわされていました。

 さらに道隆が亡くなり、伊周の失態が重なり、叔母でみかどの生母・東三条院からの
 定子への敵愾心なども加わり、絶体絶命の境地に立たされていきます。

 そんななか、結局縋るのはみかどしかいない。定子は決意します。
 みかどと宮とのある夜、屏風の外に控える左京の耳には……

   宮の(みかどへの)ご返事はごく微かだったが、それがいつもとは違うのに左京は気づいた。
  (中略)いま宮は、そのふくよかな御身を挺して、御兄弟御一族を窮地から救おうとして
  いらっしゃるのではないか、と思い至った。[文庫版137-38頁]

 ところが、ありったけの愛を捧げ、あれほど誓いをもらったのに、裏切られる定子。
 ――みかどは自分や自分の兄の窮地を決して救ってくれることはないのだ。

  (前略)御顔をさしのぞくと、眠っていらっしゃるわけではなく、双の眼をぽっかりと
  みひらいておいでになる。しかし、そこにはもう、これまでに見られた強い光は、
  宿っていなかった。魂の抜けた人のように、うつろな瞳だった。
   宮はついに、みかどの本当の意志を、覚られたのだろうか。最後の望みが
  断ち切られたことに気づかれたのだろうか。
[文庫版145頁]

 ここは読んでいて、こちらまで絶望感にかられてしまいます。

 そして定子はみずからの手で落飾してしまうのです。



 定子の秘めた恋の相手とは


 しかし物語は悲しみだけではありません。

 定子に熱心に懸想する美青年があらわれます。
 その名は源成信――この時代には、配下の女性と懇ろになり、女主人を射止める、
 という恋愛手段はよくあることでした。成信は左京を口説き落とすのです。

 実は成信は、道長の養子……もしかすると、これは道長の罠?
 
 定子に仕えるあいだに定子自身にも惹かれつつあった左京は悩みます。
 左京と道長の駆け引き、左京と成信の駆け引きも、読み応えある部分です。

  この成信という人物、『大鏡』や『古事談』などに出家譚が残る人物です。
  成信は村上天皇の子・致平親王の第二子で、母が道長の妻(倫子)と姉妹という縁から
  道長の猶子となっており、“耀く中将”の名でもてはやされていました。
  ところが、こちらも“光る少将”ともてはやされた貴公子で右大臣藤原顕光の跡取り
  息子・藤原重家とともに、突然の出家を遂げてしまったというのです!


 そして、定子もふと左京に、「苦しんでいるものは、成信ばかりではありますまい[文庫版62頁]
 と漏らします。実は定子も、人知れぬ恋を心に秘めていたのでした。
 もちろん、相手の男は「折にふれて、行き届いた文をくれるのですよ。ちょうど、
 優しい兄弟かなどのように
[文庫版120頁] ほどの淡い仲でしたが――

 果たしてその相手とは?

 
 
 ■書誌データ■
 文庫本で約300頁。
 古い書籍なので紙媒体では入手困難かもしれません。下のデータはkindle版。
 定子の悲劇に向き合い、一抹の華やぎも手向けた作品。
 

悲愁中宮 (集英社文庫)
安西篤子
集英社
2014-07-04




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