永井路子『美貌の女帝』
美しき元正女帝を通して語る、隠された古代史
永井路子さんの古代史小説を紹介するシリーズ、今回は昭和58年(1983)1月号から
翌年11月号まで、「婦人画報」に連載された小説「美貌の女帝」。
主人公の“美貌の女帝”とは、正史『続日本紀』でも「沈静婉孌」と美しさを称えられた、
氷高皇女/内親王(ひだかのひめみこ)=元正天皇(げんしょうてんのう)。
とはいえ、古代史に多く現れた女帝たちの中でも、知られていない存在でしょう。
元正女帝は、古代の女帝のうち、最も影の薄い存在かもしれません。
と、永井さんご自身も、あとがきにあたる「史料のことなど」で述べられています。
しかし、いつのころからか、彼女は私にとって無関心ではいられない存在に
なりました。彼女とその母、元明女帝の二人は、ある意味で隠された古代史の
語り手ではないか、という気さえしてきました。 (同「史料のことなど」)
隠された古代史の語り手とはどういうことでしょうか。
▲1992年第9刷、初刷1988年版の文春文庫(文藝春秋)。
蘇我氏女系 対 藤原氏一族
元正天皇の活躍した時代は奈良時代、平城京の時代です。
氷高皇女は母親の元明天皇から36歳で天皇の位を譲り受けます。
従来の女帝が妻であり母であったことからすると、異例の若さをもつ未婚の女帝の
誕生です。彼女は女性としての幸せを犠牲にし、すべてを政治に捧げた――
それはいったい何のためだったのか?
▲昔描いた系図がゆるっとして可愛かったので援用。
最近また盛り上がってきている(?)蘇我氏論ですが、蘇我氏は滅亡したといわれても
それは入鹿の本宗家のことで、系図からもわかるように、女系を辿ってみると、
女帝や天皇の母として、朝廷の中枢部に血脈を伝えています。上の系図にはありませんが、
それは馬子の姉・堅塩媛の古い時代から延々と続いてきたことでした……
蘇我氏にとっての真の敵は、本宗家を滅ぼされた中大兄皇子(天智天皇)時代から
藤原(中臣)鎌足――そしてこの小説の舞台で女帝たちの前に立ちはだかるのは、
鎌足の遺児・藤原不比等でした。
早世してしまった文武天皇は、不比等の娘の宮子を近づけ、彼女との間に首(おびと)皇子を
もうけます。のちの聖武天皇で、やはり不比等の娘・光明子を皇后とする人物です。
持統天皇以下の女帝と不比等ら藤原氏一族が、文武天皇の即位から聖武天皇の即位に
いたるまで代々協力体制にあったといわれ続けてきたことに、小説は異議を唱えます。
首の即位は、女帝たちの念願ではなく、敗北であったのだ……と。
誇り高き敗者、誇り高き女性たち
その後の歴史が示すように、蘇我氏女系の女帝たちは藤原氏の前に敗北します。
ではその、“蘇我氏女系”という隠された古代史について、永井さんは何を語りたかった?
私の心には、誇り高き敗者、誇り高き女性たち、の像が刻まれました。
いつも永井さんの小説などを拝読して思うことですが、永井さんは、聡明で、大きな度量を
もって戦い抜いた人が好きだな……と。声高にだとか腕力のみを武器とする意味ではなく。
『美貌の女帝』では、元明女帝・元正女帝母娘のそっくり同じ姿が印象的です。
氷高の母・元明女帝が不比等に押し切られた平城遷都。
孤立をあらわにするよりは、妥協を。それも誇高い妥協を――。そう覚って、母は心を
奮いおこし、堂々とその役割を演じきったのだ。
――たとえ首に縄を巻かれ、引きずられての遷都であるにしても、その縄を人々に
感づかせてはならない。それが女帝の誇であり意地であった。 [文庫版・175頁]
譲位後の元正が、光明子の生んだ生まれたばかりの基を皇太子にと認めたとき。
――それ故に、堂々としていなければいけない。王者の敗北とはそうしたものなのだ。
そして彼女は、母の元明を想う。
――お母さま……
心の中で呼びかけながら、いまやっと自分は母の苦悩のすべてを理解し得た、と思った。
[文庫版・285頁]
中継ぎや巫女的な“政治に関与しない女性”という後世の我々の見方を覆します。
蘇我の「家刀自」として目覚め、覚悟を抱き、成長していく氷高とともに、
平城遷都や栄光の帝位、複雑な心境の譲位、そして長屋王の変、その後……
と時代を追っていきます。その中で、藤原氏という“敵もさる者”とうならされたり。
母后や女系の重要性を一貫して訴え続けてきた永井さんならではの、
凜とした女性たちが活躍する古代史歴史小説です。
■書誌データ■
* * *
次回採り上げる小説は、“蘇我氏女系 対 藤原氏一族”と同じ構図を軸とし、
かつ『美貌の女帝』より先んじて発表されている作品とする予定です☆
作者は、永井路子さんとも仲の良い女性の作家さんです。
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