◆本紹介◆奈良時代、杉本苑子

 杉本苑子『穢土荘厳』


 激動の平城京時代を多面的に描きだす大作

 昭和53年1月号~58年10月号「大法輪」掲載の歴史大作。

 永井路子『美貌の女帝』を前に紹介しました。こちらはそれより先に連載が始まっており、
 両作品とも平城京の時代を描く軸としたのが、蘇我氏女系と藤原氏の対立

 仲の良いお二人だけに、普段から話でもされていたのかな?

 杉本さんの『穢土荘厳』は、永井さんの『美貌の女帝』が文庫本にして400頁弱の作品で
 あるのに対し、文庫本で上下2冊・計1000頁弱というかなりのボリュームがあります。
 それだけに扱う時代も長屋王の変直前から大仏開眼までを濃密に、かつ多彩な階層・立場の
 登場人物を配して重層的に描いた、壮大な作品になっています。

 
 穢土荘厳
 ▲1989年の文庫版(文春文庫)の表紙、上下2冊。




 永井作品との最大のちがいは多面性

 杉本苑子『穢土荘厳』と永井路子『美貌の女帝』は、蘇我氏女系と藤原氏の対立を軸に
 据えた平城京の動乱という共通のテーマを持ちますが、最大のちがいは?

 永井作品が元正女帝およびその前の母・元明女帝、さらに祖母・持統女帝もふくめ、
 彼女たちの泳いだ政治劇に的をしぼって描いたのとは対照的に、杉本作品では
 まず登場するのが長屋王家のある資人です。
 しかし彼は物語の途中で姿を消し、視点は別の資人へ、さらには長屋王家の人間や天皇家、
 藤原氏の面々、その他高位の貴族、はたまた行基を慕う庶民たち、詐欺師まで……
 また最初の資人が姿を変えて登場し……と目まぐるしく変わっていきます。

 まさに重層的にさまざまな視点から、時代のさまざまな出来事が描かれていくのです。

 最初に登場した資人は、再び現れたとき訳あって出家になっています。
 物語では、政変のほかに仏教(貴族の仏教ではなく、彼が目のあたりにして飛び込んでいく、
 行基を中心とする民衆の仏教)についても描写されるのが興味深い。

 最終的に物語は救いを求めた聖武天皇が向かう、大仏建立・開眼へと導かれていきます。



 人間の苦悩へのまなざし

 杉本苑子は弱者・敗者への目配りを忘れない人だなと、私は思います。

 この物語では、大仏造立のために使い捨てられる奴隷たち……
 そして、高貴な人々の中にも敗れ去った人間、あるいは落命し、あるいは生き延びながらも
 心に癒せない傷を負った人たち。もっとも高貴なそうした人は聖武天皇なのですが、
 ほかにも長屋王の弟・鈴鹿王、そして藤原氏であったために長屋王の変を生き残ってしまった
 不比等の娘で長屋王に嫁した藤原長娥子、長娥子の生んだ子供たち――。

 特に長娥子は主要登場人物として、その成長が印象的に描きだされています。
 長娥子の娘・教勝(出家)の存在感も忘れられません。彼女たちは、長屋王の変で背負った
 藤原氏の罪を象徴する存在なのです。
 また、長娥子と同じ不比等の娘でありながら栄光に満ちた存在・藤原光明子(光明皇后)
 人物像もじっくり描かれ、勝利者が悩みなき幸福な境地には必ずしもないことも表されます。


 ☆ ★ ☆

 私の個人的な感想では、杉本さんの歴史小説は、作者の人物への好き嫌いが激しくて
 ひたすらイヤなヤツ扱いを受けたりする人物が目立ったり、また安易な「毒殺」事件が
 連続して政治問題が解決されたり、という印象がぬぐえません。

 しかし『穢土荘厳』では、恣意的な断罪(?)は少なかったように思えました。
 (強いていえば、藤原広嗣や橘奈良麻呂くらいでしょうか……でも目立たない程度)
 得意の「毒殺」も、一度はカムフラージュとしての演出であり、最低限に抑えられました。

 

 総合すると、杉本苑子作品のうち『穢土荘厳』は、私の中でかなりの傑作。

 盟友・永井路子さんとの対談『ごめんあそばせ 独断日本史』(中央公論新社、1988)の中でも、
 蘇我氏女系と藤原氏の対立の話題は出てきています。
 お二人は既定路線のように盛り上がっていますが、一般的にはどうなんでしょうか


 ☆特集・杉本苑子

 
 ■書誌データ■
 

穢土荘厳〈上〉 (文春文庫)
杉本 苑子
文藝春秋
1989-05



 

杉本 苑子
文藝春秋
1989-05


 


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