◆テレビ番組紹介◆飛鳥時代、BS-TBS(2016) 

 「聖徳太子は実在したのか!?」の放送内容

 「聖徳太子」のモデルとなる人物は存在した

 先月末(2016年7月25日)放送の、 BS-TBS『にっぽん!歴史鑑定』#68
 「聖徳太子は実在したのか!?」の放送内容の一部を簡単に振り返ります。

   遣隋使を派遣するなど、日本に仏教が広まる礎を築いた
   古代の重要人物、聖徳太子。
   近年、聖徳太子は架空の人物なのではないか? と疑問視されています。
   果して、その存在は虚構か? 実在か?  (番組サイトより)

 というセンセーショナルな煽りのわりには、予想通りの至極無難な内容でした

 つまり、「「聖徳太子の語が登場したのは後世(8世紀半ば『懐風藻』が初出)であるが、
 モデルとなる人物は実在した
というものです。

 ちなみに、登場の先生は、遠山美都男先生でした。

 「聖徳太子」のモデルとは誰?

 聖徳太子のモデルとなったのは、用明天皇の第2皇子。
 ただ、その正式な名前は、実はわかっていないとか。

 聖徳太子1
 ▲番組より

 一般的には「厩戸皇子(王)」と呼んでいますが、さまざまな呼称が見られますね。



 遣隋使の失敗から内政の充実へ

 聖徳太子といえば中国へ派遣した607年の「遣隋使」を思い出しますが、
 実は日本の記録にはなく中国の記録にのみ残る600年の遣隋使があります。

 この使節は、日本の内政が整っていないことから失敗したと見られ(つまり日本の
 記録には残されなかった)、600年の失敗から内政の充実がはかられたようです。

 603年:冠位十二階の制定
 604年:憲法十七条の制定

 

 法隆寺再建は怨霊封じのため?

 法隆寺に関しては、現在では「再建説」が支持されています。

 法隆寺の再建は、子孫を抹殺された(嫡子の山背大兄王らが蘇我氏らに殺害された)
 聖徳太子の怨霊を鎮めるためという説が一世を風靡しました。
 (番組では具体的な指摘はありませんが、梅原猛『隠された十字架』のことかと)

 番組では、怨霊説に対して否定的で、再建の時代(7世紀後半)においては怨霊思想が
 発達していなかったことを挙げていました。

 再建のヒントに、法隆寺宝物の一つ「金銅灌頂幡」という、7世紀を代表する金工作品の
 存在を指摘していました(東京国立博物館蔵)。

 聖徳太子2
 ▲番組より

 『法隆寺伽藍縁起并流記資材帳』によると、「片岡御祖命」の納めたものと明記されており、
 これは聖徳太子と蘇我馬子の娘・刀自古娘のあいだに生まれた片岡女王(上述の山背の
 妹にあたる)ではないかとする説があるそうです。
 再建には豊富な財力を持った、聖徳太子の娘が関与しているのかもしれない……。





 聖徳太子の実在・非実在論などについてまとまっている最近の本のうち、
 私はこの書を読みました。番組でふれた内容ともかなり重なっています。
 

聖徳太子: 実像と伝説の間
石井 公成
春秋社
2016-01-21




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