意外な弓の名手たち~その意味とは


 「もし○○なら、この矢よ当たれ!」


 山岸凉子『日出処の天子』という、美しい厩戸王子聖徳太子を描いた少女漫画で、
 印象に残る場面の一つ――

 厩戸と弓
 「これより先の我が望みすべてかなうなら この矢よ当たれ!」
 ▲山岸凉子『日出処の天子 4』白泉社、1981年(花とゆめコミックス版)・100頁

 
 賭弓の儀にて、華奢で弓矢など操れそうにない厩戸に、彼を気に入らない新しい大王(崇峻天皇)
 が突然弓をひくことを命じます。ところが大王の想定に反して、厩戸は見事に的を射てみせる。
 厩戸の華麗な万能性を象徴する鮮やかなシーンです。


 この場面、まさしく藤原道長を思い出させますね。

 道長が兄・道隆邸で道隆の嫡男・伊周が弓の競技を開いているところに行き合わせる。
 招かれた道長はしかし、主役であるはずの伊周より矢数が二本勝ってしまう。
 勝ちを譲らせるべく二番延長された勝負に、道長は……

 「道長が家より帝・后立ちたまふべきものならば、この矢あたれ
 「摂政・関白すべきものならば、この矢あたれ
 と願を掛けると見事連続命中、逆に伊周はプレッシャーで失敗、途中で勝負はやめになる。

 そんな若き道長の逸話が、『大鏡』道長伝に見えるのです。酷似してますよね?



 日本の元祖・弓の上手? 聖徳太子(厩戸皇子)

 厩戸が弓の名手であったというのは、漫画の創作ではなく、『聖徳太子伝暦』から採られて
 います。『伝暦』は平安時代中期に成立した伝記なので史実とは異なりますが、
 聖徳太子(厩戸)は学問・各種競技すべてにおいて優れた人物として描かれています。
 本文には悉達太子(釈迦)の伝記が併記されており(実は釈迦こそが弓の名手であった!)、
 聖徳太子が釈迦をモデルとして理想化されていることがうかがえます。

 ただし、漫画や道長伝のような「もし○○ならこの矢あたれ」といった願掛けのシーンはなく、
 11歳の時、「弓石の戯(遊び)」に優れ、ほかの子供たちを指導していた様子が描かれます。
 また、16歳の時のいわゆる崇仏戦争では、直接弓を射たわけではありませんが、
 仏法護持の四天王の守護を受けた太子の指示に従った迹見臣が、敵対する物部守屋を
 弓矢で射抜き、たおしています。

 釈迦をモデルに理想化された厩戸(聖徳太子)は、釈迦同様に弓の上手であり、
 しかもその弓は不思議な力を秘めている、といったところでしょうか。



 実は菅原道真も弓の上手だった?!

 聖徳太子と道長のあいだにもう一人、意外な弓の上手が存在します。
 菅原道真です。文武でいえば、圧倒的に「文」のイメージなのですが……

 道真もまた、聖徳太子のように、後世信仰を集めた人物です(天神信仰)。
 その生涯と死後を描いた「北野天神縁起」には、26歳のころ都良香邸にて、
 いつも机にかじりついてばかりいた道真に、試しに弓を射させたところ百発百中
 これは後に控える官吏試験に合格する予兆であった、というお話があります。

 これものちに人ならざるものに変化する道真に若いころから備わる不思議な力、
 さらに弓の未来を占う霊力を、象徴するエピソードかもしれません。


 再び、藤原道長の見事な弓

 弓は儀式にも用いられるように、不思議な力を象徴するものでしょう。

 道長の『大鏡』のエピソード、聖徳太子や菅原道真の例のように、
 到底事実とは思えませんが、この話が生まれた背景を考えなくてはなりません。

 もちろん、権力をほしいままにした道長が偉大な存在であったこと。ならびに……

 この弓争いは当然、のちに二人の叔父と甥(道長・伊周)が対決する出世レースを
 表象するものです。不思議な力を持つ弓は、彼らの運命を見事に占っているのです。

 道長の「願掛け」はとてもドラマチックですよね



 ☆ ★ ☆
 さすが古代史少女漫画の金字塔『日出処の天子』。

 聖徳太子の伝説を踏まえつつ、不思議な力を持つ弓を象徴的に用い、
 なかでも道長のようなドラマチックな願掛けで鮮やかな展開
 厩戸、完璧すぎます……


 ☆次回は……最強・道長を弓で負かせた意外な男?:番外編


 [参考文献]
 加藤静子「なぜ弓の名手なのか1 聖徳太子・道真・道長」『相模女子大学紀要. A, 人文・社会系』
   相模女子大学研究委員会 編、1991 p.p1~8
 橘健二・加藤静子 校注・訳『新編日本古典文学全集34 大鏡』小学館、1996年
 杉本好伸 編『聖徳太子伝』国書刊行会、2011年
 竹居明男 編『北野天神縁起を読む』吉川弘文館、2008年
 山岸凉子『日出処の天子 4』(花とゆめコミックス版)白泉社、1981年
 

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