◆2016/9/18

 藤原仲麻呂歿す(764年9月18日)


 権力の頂点から一転して逆賊へ……

 藤原仲麻呂(なかまろ)は、706年、藤原武智麻呂(不比等長男、南家)の次男として
 生まれます。母は安倍氏。

 叔母(父の異母妹)光明皇后の信任と大仏造立の推進で政治的地位を上昇させ、
 皇后宮職を改組して権力を集中した紫微中台の長官を兼ね、実験を握ります。
 のち太政官首班となり、正一位大師(太政大臣)、「恵美押勝」の名も賜りました。

 ところが光明皇太后の死後、その娘・孝謙太上天皇や道鏡の勢力と対立し、
 軍事権の掌握をもくろみますが失敗、息子のいる越前への敗走も果たせず、
 近江国で斬死。<藤原仲麻呂恵美押勝の乱



 太政大臣まで昇るという位人臣を極めた男が、ここまで転落して横死するのは
 なかなか例がないと思います。

 平安後期、保元の乱で敗軍の将となり流れ矢にあたって死んだ、「悪左府」こと
 左大臣藤原頼長が似た結末を繰り返します。

 仲麻呂と頼長はこうした運命の急落のほかにも頭がよく勉強家で理想家肌なところ、
 苛烈なやり口で敵が多いなど、共通点が多くイメージが重なります
 (むしろそうした人格ゆえ失敗して転落したのですよね)。



 大河ドラマ『平清盛』で頼長役を演じた山本耕史くんがもう少し年齢を重ねたら、
 ぜひ藤原仲麻呂も演じてほしいですね~
  ※ちなみに仲麻呂の息子・刷雄(よしお)はすでに演じられています

 山本頼長1
 *おまけの頼長*


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