◆古典・水鏡◆第14回

 水鏡


 歴史物語『水鏡』、姉ブログで神武~宣化天皇まで読んできました。
 その続きの欽明天皇から読んでいます☆

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 前回までのあらすじ

 持統天皇は弱冠15歳の孫に譲位した。
 ところがその文武天皇は、25歳の若さで崩御してしまう。
 
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 ■44代 元明天皇

 天智天皇の第四の娘。母は山田大臣石川麻呂の娘・嬪姪娘。
 文武天皇の母である。文武の息子(聖武天皇)はまだ8歳になったころか。
 最近では2、3歳の天皇も珍しくはないが、当時はそういうことはなかったので、
 慶雲4年、母の元明天皇が即位した。46歳であった。

 
 +慶雲5年、武蔵国が初めて銅を献じたため、元号を「和銅」と改めた。

 +同年、藤原不比等が右大臣になった。

 +和銅2年、藤原不比等が来日した新羅の使いと直接会って話した。
  いままでにないことであり、新羅使は喜び畏れた。
 『水鏡』に珍しく外国使節が話題になっている。
  天智天皇の記事の鎌足讃美に続く藤原不比等讃美である。

 +同3年、難波より平城へ遷都した。
 藤原京からの遷都の誤り。

 +不比等は興福寺を山科から奈良へ移し、7年には維摩会が行われた。

 +同6年、諸国の郡名や風物を目録させた。
 風土記撰進事業のことである。

 +同8年、娘の氷高内親王に位を譲った(元正天皇)。



 
  遷都や風土記編纂など、大事業が多かった。
  藤原不比等の功績について讃美しているところが注目。

  また、『水鏡』成立時(1195年頃)には、幼少天皇が多かったため、
  冒頭で息子の後を母が即位することとなった事情を説明している。



  [参考文献]
  ・河北騰『水鏡全評釈』笠間書院、2011
  ・宇治谷孟『全現代語訳続日本紀(上)』講談社、1992

  
 
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