◆古典・水鏡◆第15回

 水鏡 2



 歴史物語『水鏡』、姉ブログで神武~宣化天皇まで読んできました。
 その続きの欽明天皇から読んでいます☆

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 前回までのあらすじ

 文武天皇の早世の後を継いだのは、母の元明天皇であった
 その治世で平城遷都などの大事業を行い、娘の氷高内親王に譲位した。

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 ■45代 元正天皇

 母は元明天皇、文武天皇の姉。元明天皇が位を去るとき、皇太子であった聖武天皇は
 その年に元服したばかりのまだ14歳であったため、伯母の元正天皇が即位した。
 和銅8年即位、35歳。年号を霊亀と改めた。


 +3年9月、美濃国不破の山の湯に行幸された。その湯は若返りや病の治癒に効験が
  いちじるしかった。帝は帰京されてのち、年号を養老と改めた。
 養老の湯である。
 +養老2年、藤原不比等が律令を撰進した。
 養老律令である。
 +同3年、百官に初めて笏(しゃく)を持たせた。
 『続日本紀』3年2月3日条にあり。五位以上は象牙、六位以下は木の笏とある。
  また同時に衣服の襟を右前にさせるとの記述もあり。
 +同4年8月3日、不比等が亡くなった。
  一周忌には元明太上天皇と帝が供養のため山階寺に北円堂を建てられた。
 興福寺北円堂。藤原不比等顕彰の記事。
 +大隅・日向国に叛徒あり、宇佐の宮の禰宜が宣旨を承って平定した。
 正史に九州の隼人叛乱の記事はあるが、宇佐の宮云々の話はない。
 +同8年2月4日、帝は皇太子に位を譲り、太上天皇となった。
 即位したのは聖武天皇である。



 
 聖武天皇は、元正天皇の弟で先々代の文武天皇の息子(元正の甥)。
 文武天皇は祖母・持統天皇から15歳で天皇の地位を譲り受けたが、
 むしろこの若さでの即位は当時としては異例のことであった。
 すでに皇太子であった聖武天皇(実際には前年の立太子で当年15歳)が
 即位せず、元正天皇が即位したことは決して不自然ではない。

 元正天皇の代の記事は、やはり藤原不比等が特別扱いである。
 また、古代人=笏のイメージがあるが、実はこのころに始まったというのが面白い。
 襟合わせの規定など、こうした威儀に関するお触れがたびたび見られる。


  [参考文献]
  ・河北騰『水鏡全評釈』笠間書院、2011
  ・宇治谷孟『全現代語訳続日本紀(上)』講談社、1992

  
 
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