◆本紹介◆奈良~平安時代、藻里良子

 藻里良子『美貌の斎王 桓武妃酒人内親王』


 内親王たちを通して描く奈良末期~平安初期

 文芸社から2002年に刊行されている小説ですが、残念ながら絶版になっており、
 入手困難な一冊です(図書館で拝借し返却してしまったので不備スイマセン)。
 
 美貌の斎王


 まず酒人内親王といっても少々マイナーな女性かもしれないので略歴を。

 さかひとないしんのう、754-829。光仁天皇の皇女、母は井上内親王。
 宝亀3年(772)11月、伊勢斎王に定められる。この直前の3月には、母が夫である
 光仁天皇を呪詛したとされ罪を得て皇后を廃せられ、同母弟の他戸皇太子も5月に
 その地位を廃せられたばかりであった。同6年、母と弟は同日に死去した(謀殺?)。
 ゆえに任を解かれ帰京したのち、異母兄の桓武天皇の妃となった。
 母と弟を謀殺して天皇の地位を手に入れたかもしれない相手との結婚となる。
 また、酒人といえば、東大寺で催した万灯会が有名である。
 『日本紀略』の薨伝によれば、容姿美麗でなまめかしく桓武の寵を大いに受けたが、
 驕りたかぶった性格で奔放な行動をした、とされている。
 桓武との間に朝原内親王の一女をもうけるが、先立たれた。

 井上・酒人・朝原は三代の斎王である。▶参考記事 三代の斎王
 井上・酒人・朝原

 物語は、酒人を中心に、この三代の斎王を描いています。
 


 井上、酒人、朝原――三代の斎王

 物語は奈良時代、まだ藤原仲麻呂が政権を握っているころまで遡ります。
 生臭い奈良時代の政争が描かれ、井上内親王と同じく県犬養氏を母とする
 聖武天皇の娘、つまり井上にとっては実妹にあたる不破内親王などは、
 野心満々に動き回っています。

 それに対して、井上内親王の透明感のあるキャラクターは印象的です。
 井上は5歳にして伊勢斎王に卜定され、都に戻ったのはほぼ30歳。
 それから結婚して38歳という当時としては高齢で酒人を生んでいますが、
 やはりどこか世俗離れしているのです。

  (…)井上妃にとって政事や夫の地位には、いまひとつ関心がなかった。
  遠い斎宮の森の上を渡って来る風の音のように、かすかに遠くに感じる
  だけのものであった。現世のことは鏡に映る世界のようであった。
   たしかに存在するが現実感がない。自分はいつも、もっと奥の世界を
  見続けているようであった。
(…)[30頁]

 ちなみに史料をたどると井上は38歳で酒人、45歳で他戸を生んだ計算になり、
 当時としては異例の高齢出産です。小説ではその謎に対しても、伝承を絡めて
 独自のストーリーで処理していて面白かったです。

 周囲にはそうした井上の姿が、少し不気味に映るようです。

  「斎王であられた御方には、人以上のお力があるのでしょうか

 また酒人の娘・朝原内親王も、祖母と同じく10歳に満たずして斎王となっており、
 そうした意味で、19歳と成長してから斎王となり3年もたたず務めを終えた酒人は、
 3人の中では最も人間らしいというか、普通の人に近いのかな?
 小説の主人公として実は魅力的なのかな、などとも思いました。



 内親王としての矜持と挫折感

 高貴な身分の内親王として、父・光仁や桓武本人から望まれて妃となった酒人。

 しかし彼女はついに、皇后となることはなかった!
 皇后は、「護られた」臣下の娘・藤原乙牟漏――そう、ほかの臣下のキサキたちは
 出自の家に護られるが、酒人は父母亡きいま、たったひとり……。

   「酒人内親王をこよなく思う」と帝はあのとき言われたが、それなら何故
  内親王の我をおいて乙牟漏ごときを皇后に。愛しいただ一人の姫朝原までも
  神に捧げた我をおいて……。
[256頁]

  (…)思えば長い皇室の歴史の中で、我酒人内親王こそが立后できなかった
  初めての内親王であった。恥ずかしい、悲しいことであった。
[414頁]

 のちの歴史を見ると藤原氏の皇后が至極当然となりますが、
 思えばこの時点においては酒人の心の声の通りで、胸を衝かれました。


 冒頭にも触れた通り、史書で自由奔放とか驕りたかぶるとか評されている
 酒人ですが、せめて贅を尽くすことこそが、唯一の救いだったのかもしれません。
 ただ一人の娘・朝原も幼いころから遠く引き離され、頼るべき父母もおらず、
 寂しい人生であったかもしれません。

    

 周囲の人物の描写

 やはり母の仇ともいえる桓武天皇(山部親王)に尽きましょう。
 母の身分も低い成り上がりの異母兄に対し、初め酒人は蔑みと憎しみの念を燃やし、
 母を裏切り自分を入内させようとする父に対しても怒りを募らせました。

 しかしまたここが小説的描写というか、桓武がいい男に描かれてしまっている

  「(…)内親王は我の同胞であり、それ以上に我が魂の宝物じゃ
  「(…)私は我が儘者でございます。美しいものが好きでございます。
  美しい衣装も好き。催馬楽も催しましょうし、万灯会も行いたい。
  ……潰えもかかります
(…)」
  「内親王の思われるようになさるがよい[214-215頁]

 逆に、娘・朝原が伊勢から退下したのちに入内した、桓武の嫡子・次代の
 平城天皇は、ほんとにダメ男でせつなくなります。
 朝原を愛した形跡がなく、子も生まれず、最終的に朝原は隠棲した太上天皇の
 妃を辞しているくらいですから、小説的には仕方ないと思いますけどね


 ありきたりの桓武・平城天皇父子の描写に比べ圧倒的に面白かったのは、
 女官の勢力が大きかった時代を反映する、さまざまな女官たちの登場でした。
 名前だけしか出てこない人物もいましたが、特に前半に登場した塩焼王の妹・
 陽侯女王についてなど、たいへん興味深く読みました。
 酒人の晩年に寄り添った朝原にとってはきょうだいにあたる皇族たち(桓武子女)や
 その母などが顔を見せたのも楽しかったです。
 仲野親王(宇多天皇の外祖父)や猶子となった安勅(あて)内親王、さらに良峯安世……

 最愛の娘・朝原には先立たれてしまうものの、ラストはそれほど寂しくない印象です。
 小説の舞台には少ないこの時代を描いた良作。
 

 
 
 ■書誌データ■


 小説に登場する酒人内親王の遺言についての記事はこちら


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