◆本紹介◆平安時代、諸田玲子

 諸田玲子『今ひとたびの、和泉式部』


 恋多き女・和泉式部の真実とは

 今年(2017年)3月に刊行されたばかりの、諸田玲子の平安時代小説。
 諸田玲子さんといえば、時代物でも江戸時代や戦国時代の印象が強いので、
 平安舞台は楽しみでした(平安王朝もの第一作ではありませんが、私は未読)。
 
 諸田和泉式部
 ▲帯付き全体を広げたところ。


 和泉式部といえば、紫式部・清少納言などと並ぶ、平安中期王朝文化を
 彩った女流歌人。藤原道長の娘・中宮彰子に仕えた女房です。
 冷泉天皇の皇子・為尊親王とその同母弟・敦道親王との熱愛などで、
 “恋多き女”として名を馳せました。
 
 小説は、その“和泉式部の真実”に迫ります。
 


 平安王朝の暗部をえぐり出す

 平安時代は死刑がなかったといわれますが、(時には死に至るほどの)暴力・
 私刑は横行していましたし、流罪などの途上で亡くなった人物もいます。

 この小説では、和泉式部の二度目の結婚相手である藤原保昌(鬼笛大将)、
 恋の相手であった源頼信(壺井大将)やその一族の多田源氏の面々(源頼親ら)と、
 貴族社会の荒くれ者が多く登場するため、王朝世界の暗部が切り出されます。

 権力者の手下同士が代理戦争で命を落とし、うまく立ち回らないと狙われるかも
 しれない子供の命がある。もしかしたら、あの人の急死にも裏が……?


 毒殺の連続でちょっとウンザリだった杉本苑子作品(『檀林皇后私譜』など)と比べ
 ご都合主義な印象は薄く、スリリングな描写で楽しめました。
 トップ同士が邪魔な政敵をバタバタ倒して権力を手中に収める、という図式でなく、
 生死を賭けているのが彼らに使われる側というリアルさゆえかもしれません。
 最高権力者・藤原道長が落とす影の恐ろしさが際立ちます。


 歌を詠むことで生き抜いた女の生涯

 主人公・和泉式部の生涯も、男……というよりは貴族社会そのものに翻弄され
 続けた一生だったと解釈されています。

 物語は小説内の現時点(和泉式部歿後。和泉式部の母代わりともいえる存在だった
 赤染衛門が大江匡衡とのあいだに生んだ娘・江侍従<ごうじじゅう>目線)が時折挿入され、
 それを導入として和泉式部本人の時代へ物語が切り替わり、展開する――
 という構成になっています。


 生前の和泉式部を知る人たちが集まり、和泉式部が最も愛したのは誰か?
 という話題から始まるのですが、物語が進むにつれ、彼女を取り巻く権力者や
 貴族社会の裏側、恐ろしさも見えてきます。

 「和泉式部に憑りつかれている」と自覚せざるを得ない江侍従。
 生前の和泉式部を知る藤原公任相模らとも会い、話を聞くことになります。

 和泉式部が自ら記したという「和泉式部物語」から抜け落ちている事実とは?
 さらに和泉式部と生涯色恋沙汰ではなく真摯な交流をあたためた、藤原行成
 記していた日記のうち、破かれて失われてしまった部分とは――?

 ラストは畳み掛けるような謎解きになっていきます。
 (結末はかなり早い段階から想像できるのですが、その過程が恐ろしい)



 悲しい運命に翻弄された和泉式部、そして娘の小式部内侍ですが、
 母娘には歌がありました。小説にはもちろん、多くの歌が散りばめられています。

   (…)二人で歌を詠みましょう。悔しさも悲しさも、歌にぶつけるのです[283頁]

 江侍従が夢中になって語る台詞も印象的でした。

   逃げたりするものですか、式部どのが恋から。(…)死によって引き裂かれたり
   ……不運にも恋を失い、そのたびに未練を歌の中に棄ててまた次の恋にむかって
   いかれたような気がするのです。
(…)[337頁]

 和泉式部は、歌を支えに生き抜きました。

   恋は歌。わたくしにはまだ歌が遺されている――。[204頁]

 
 
 ■書誌データ■

 
今ひとたびの、和泉式部
諸田 玲子
集英社
2017-03-03




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