宮乃崎桜子『飛天のごとく』
先月紹介の『悪左府の女』に続き藤原頼長本を紹介
先月の今日(7月14日)、“悪左府”(=切れ者の左大臣)藤原頼長の祥月命日と
いうことで、2017年6月の新刊、伊東潤『悪左府の女』をご紹介しました。
そのとき、読んでくださったMOMAさんから「悪左府が女なら買いましたよ」という
ご反応をいただき、「あ! あれか!」と遠い記憶がよみがえったのです。。。
(MOMAさん、素敵すぎるツッコミをありがとうございます♡)
▲宮乃崎桜子『飛天のごとく』上・下、講談社、2009年
そう、これ、まさしく「悪左府が女」――
つまり“藤原頼長は女だった!”という内容の小説です。
講談社X文庫ホワイトハートというレーベルから出ており、少女向けのライトノベル、
主にファンタジー・ボーイズラブ・ディーンズラブなどをテーマにした文庫とか。
前回の『悪左府の女』はあくまでも主役は「悪左府の女」であり「悪左府」ではなく、
今回の『悪左府が女』『飛天のごとく』は悪左府は女でありリアル「悪左府」とは別物w
前置きはここまでにして、内容紹介いってみます!
頼長(性別・女)のピュアラブ小説、お相手は?
さて、この小説最大のキモは、“藤原頼長が女であった”という点です。
すでにそこは本裏表紙カバー掲載の粗筋にて明かされており、
今回のご紹介にあたって、筋書きについては当該部分で明かされている
内容までは明記しています(ネタバレ)。 ※概ね毎回の小説等ご紹介の基準です
頼長の実体は女であり、異性たる男性と恋に落ちます。
フム、それが『台記』のあの叙述につながるわけか……とか思わないでください
この小説はかなりピュアラブ路線です!!!
当文庫のカラーとして「ファンタジー・ボーイズラブ・ティーンズラブ」と上述しましたが、
本作は「ティーンズラブ」(若い男×女の恋愛)の色合いが濃いものと思われます。
まぁ、ある意味ファンタジーかもしれませんが
あと史実で頼長が保元の乱で流れ矢に当たって死ぬという、この小説でも
クライマックスとなる時期には、すでに二人30代のいい大人なんですが
まぁもろもろ措いといて、読んだ感触としては「ティーンズラブ」かな~と。
またしても前置きが長くなってしまいました。上述の基準に沿って明かしますが、
頼長の恋のお相手はなんと西行です。
史実における頼長と西行の接点
頼長といえば摂関家の御曹司、西行は鳥羽院の北面の武士から180度転身して
すべてを捨てて出家、歌人として当代はもとより現代まで愛され続けた人物。
なぜ唐突に頼長が西行と恋仲になるのか? と思われるかもしれません。
西行(さいぎょう)は俗名・佐藤義清(のりきよ)。
曽祖父の代から京武士として、歴代左衛門尉に任ぜられました。
紀州に荘園を預かる裕福な家系であったそうです。
長じて鳥羽院の北面の武士をつとめたことは有名ですが、
実は西行は徳大寺(実能)家の家人でもありました。
徳大寺実能は待賢門院璋子の同母兄にあたり、
西行が璋子やその子・崇徳院に終生心を寄せた因縁となっています。
さらに徳大寺実能は、娘の幸子に頼長を婿として迎えています。
ですから、頼長の相手が西行という設定は、ゆえなきことではありません。
そして、西行の年齢の判明に、頼長の日記『台記』が重要な役割を果たしています。
永治2年(1142)3月15日条に、当年25歳という西行自身の言葉が記録されているのです。
(このとき西行は頼長に一品経を勧進しています。)
逆算すると元永元年(1118)生まれとなり、頼長の2歳上とわかります。
恵まれた境遇にあった西行が23歳という若さで出家したことに関して、
頼長は「人歎美之也」(人々に称賛された)と記しています(同日条)。
全体的な感想~残念な部分と理由ある改変
では、史実は措いておき、次に小説の感想に行ってみたいと思います☆
全体的な感想としては、ティーンズラブ路線ですし、中学生女子が小難しい院政期の
歴史への入口として読むのにはちょうどいいんじゃないか、という印象。
なぜなら、平明な言葉や台詞回しで、院政期の複雑な歴史的状況が語られたり、
キャラクターとして歴史の登場人物を捉えられますから。
その分、やはり大人が読むには、言葉が現代的すぎて違和感があったり、
わかりやすく台詞で状況を説明しようとするあまり(いわゆる説明的台詞が増える)
不自然な会話が気になったり……となる点は仕方ないですね^^;
ただ、どうも不憫でならなかったのが、鳥羽院の寵姫・藤原得子です。
ヒールになってしまうのはわかっているのですが、あまりにもバカっぽい
(…)目の上のタンコブだった璋子が、やっといなくなったのだ。他人の耳がなければ
「せいせいしたわっ」と言い放ち、高笑いのひとつもしたい気分だ。(…)
(さようなら、璋子さま。最後に笑うのは私よっ)
得子は帰らぬ璋子に向けて、ひそかに勝利を宣言した。 [下巻・76~77頁]
まぁ、最初から最後まで得子はこのテンションでした
あと頼長の異母兄・ライバルの藤原忠通も、媚びへつらうことばかりに長けた無能で、
おまけに脂ギッシュで肥満ぎみのキモいおっさんでした。
話をわかりやすく、頼長に共感を集めるため、どうしても善悪はっきり二分するのが
低年齢層にも理解しやすい小説の作法なのだとは思いますが、ちょっと同情
もうちょっと何とかならなかったのかな、と思ってしまいます。
あと頼長が政治的な探索のため女装(髪が短め)で朝廷をうろついたり
(「綾と申します」なんて名乗る女おかしいだろ!)、顔バレするだろフツー
とかおかしな点もありますが、このあたりはご愛敬かな
いろいろツッコミどころはあるものの……
☆10代くらいなら女の男装もアリだけど、30代とかさすがにキツいんじゃ?
☆妻の幸子さんの人が好過ぎるうえに、都合のいいときに死ぬ(←史実ですが)
☆頼長の子ども(幸子さんではない女性が生母)はどこいったんじゃい?!(笑)
☆挙句に「失った恋を仕事で埋めようと」[上巻・189頁] 悪左府してたんかい!!?
(この時点では内大臣だったのですが)とか……頼長サマェ……
頼長と西行の異性愛をテーマとしているので、このあたりのご都合主義や改変は
小説世界としてOKだとは思います☆
興味深い点~BLの逸材・頼長がなぜ女?!
ちょっと面白かった箇所は、頼長が西行に腕前が違い過ぎて気後れして返歌できない
場面(西行は名歌人でしたし、頼長は和歌が苦手だった)などの小ネタ。
それと! この時代を描く作家・漫画家ならぜひとも絡ませたいであろう「平清盛」が
やっぱり重要な役で出ていること! 概ね想像はつくでしょうが……楽しみの一つです。
(もちろん『悪左府の女』にも清盛は登場しています)
さらにこの小説が特異なのは、
頼長という稀に見る「逸材」をBL(ボーイズラブ)に使用しない
という最大の謎です!!!
★頼長といえば男色までをも赤裸々に記した日記『台記』。
★大河ドラマ『平清盛』では山本耕史が男色シーンを熱演。
その筋ではもともと有名で、密かなファンは多かった……はず。
この小説の発行は2009年。『平清盛』は2012年の大河ドラマだったので、
頼長=BLの図式は歴史好きはともあれ、一般的にはメジャーではなかった?
<『平清盛』以後>であったら、ストレートに(?)BL小説だったりして
[参考文献]橋本美香『コレクション日本歌人選048 西行』笠間書院、2012年
■書誌データ■
あらっ、もうキンドル版しかないのかしら?